第27話 男は知らない

少し時は遡り、ケネスがジェシカの腕を振り払った直後、ジーナはモヤモヤする気持ちを抱えていた。


『ジェシカ様、お美しい方だったわ。親しそうになさっていたけど、ケネス殿下はお嫌そうだった。彼女は公爵令嬢よね? 王太子殿下から、要注意人物として頂いたリストに名前があったわ。彼女は、ケネス殿下を馬鹿にしていた筆頭の筈。どうして、殿下の腕を取るの?』


ジーナが気持ちを落ち着かせようと、人気のない廊下の隅で深呼吸をしていると、見知らぬ男達に声をかけられた。


「お前がケネス殿下の侍女、ジーナか?」


「ええ、そうですよ。あなた方はどなたですか?」


「悪いけど一緒に来てくれるか?」


「無理ですわ。仕事中ですもの」


「ちっ……だったら無理矢理来て貰うだけだ!」


数名の男達が、ジーナを取り囲む。


「仕事中だと申し上げましたわよね?」


が、すぐにほとんどの男達が倒され、立っているのは一人だけになった。


「は……?!」


「残りはあなただけですわ。見たところ、リーダーのようですわね。さ、わたくしになんの用ですか?」


「マジかよ……」


「用がないのなら……」


「ま、待て! 待て待て! 俺たちは、ケネス殿下の恋人に雇われたんだ!!!」


最悪のパターンの時に使う切り札を、初手で切る羽目になった哀れな男は、必死で叫んだ。


「お仕えして一ヵ月、そのような方とはお会いしておりません。確かに、殿下は素敵な方ですから恋人の一人や二人いてもおかしくは……いや、二人はありえませんね。そんな不誠実な事をなさる方ではありません。それに、恋人がいらっしゃれば大事に慈しんでいらっしゃいますわ。一ヶ月ご一緒していて、手紙を書いたりお会いしたりするお姿を拝見しておりません。そんな不誠実な事をなさる方ではありませんわ! 確かに、最初はあまりに素敵な方ですし、恋人がいらっしゃるのだと思っておりましたが……お聞きしたら、恋人は居ないと仰いました。ケネス殿下は嘘をつくような方ではありません! ですから、あなたが嘘をついているのですわ! 何が狙いですか?!」


「あ……あの……」


『怖えぇ! あの出来損ない王子に心酔してるってマジなんだな! このお嬢ちゃん、強すぎんだろ。さすが王子の侍女って事か。くっそ、あのお貴族様め! 侍女は平民だから脅しゃあ簡単だって言ってたけど、やっぱり裏があるんじゃねぇか! おとなしいって聞いてたけど、念のため情報収集しておいて良かったぜ。あの出来損ないに恋人が居るって聞いて、動揺してやがる。こんな仕事、割にあわねぇぞ! もっと金を出させりゃ良かった。ま、この嬢ちゃんにやられちまった奴らの取り分を貰えば良いか……。さーてどうすっかな……。テキトーに連れ去って、どっかに売れば良いかと思ってたけど、これじゃあ城から出てくれねえぞ」


「早くなさい! そろそろパーティーが終わります」


『やっべぇ、もっと嘘を考えておけば良かった……。もう、俺しか残ってねぇんだぞ! この女とやりあっても、多分勝てねぇ。けど、お貴族様の依頼を失敗したら……俺は殺される。くっそ、考えろ! 考えるんだ!!!』


「話がないなら、あなたを騎士団に引き渡します」


『騎士団の方が、死なないだけマシか? どーすんだよ、どうしろってんだよ! こんなやべーヤツなら先に言えよ! 何が出来損ないだ! こんなのが心酔してんなら王子もすげえ奴に決まってるじゃねぇかよ! とにかく、この女を……女? そうだ、そうだよ。この女は、身分差があって王子と結婚出来ないんだよな。でも、相思相愛だって城中の噂だ。なら、愛しい王子の不貞を明かしてやりゃあ良い。嘘でも、恋人の不貞って言えば話くらいは聞くだろ。自分が邪魔者だと思えばきっと……』


「俺は、ケネス殿下の元恋人から雇われた。アンタが来てから、ケネス殿下は全く会ってくれなくなったそうだ。王子に捨てられたって言っても納得しねぇ。だから、アンタと話がしたい、連れて来てくれと頼まれた。ちなみに、アンタと違って貴族のご令嬢だ。殿下と婚約の話も出ていたらしい」


「それはどなたですか?」


『くそっ……そう簡単に騙されねぇか。お貴族様の名前なんて知らねぇぞ! 誰か……誰でも良い……! そうだ! あのジジイ、娘の名前を連呼してたな……!』


「家名は言えねぇ、ジェシカ様にご迷惑はかけられねぇからな」


「なるほど……ジェシカ様という事は……」


『かかった!!』


「ハント公爵家か……それとも……しかし、ケネス殿下とお会い出来る立場という事は……それに……先程のご様子は……でも、ケネス殿下は……」


ブツブツと考え込むジーナに、男が声をかける。


「とにかく、来てくれよ。ちょっと話がしたいってだけだ。手荒な事をしたのは謝る。な、うちのお嬢様と、話をしてやってくれ」


「……分かりました。では、伝言を残して来ます」


「ちょ、それは困る!」


「何故ですの?」


「お嬢様は、アンタが居るから身を引こうとしてんだよ! アンタが伝言なんて残して消えたら、お嬢様の家は取り潰されるぞ! あの王子はアンタの為なら貴族くらい取り潰すだろ! 王子は、アンタが好きなんだから!」


「……は? 何を勘違いなさっているのですか? わたくしは殿下を心底尊敬しておりますし、わたくしも臣下として大事にして頂いておりますが、わたくしの為に貴族を取り潰す? ケネス殿下はそのような私的な事で貴族を取り潰したりなさいません。あれだけ無礼な使用人達を庇い続けた方ですよ。そんな事、する訳ないじゃありませんか。殿下を侮辱するなんて許しません。そこになおりなさい!」


「そそそ……そんなこと言われても困る! お前ら、城中の噂だぞ!!! ケネス殿下は侍女にご執心だってな!!!」


「……城中の? 噂?」


「そうだよ! アンタは殿下の身分違いの恋人なんだろ! おかげで、うちのお嬢様は倒れたんだ!」


「そんな! わたくしはそんなつもりでは……! ケネス殿下の大切な方に誤解を与えていたなんて……! では、先程お見かけしたのは……」


「な、ちょっとだけ、来てくれよ」


動揺したジーナを言いくるめ、男はジーナを城から連れ出す事に成功した。


依頼を成功したとほくそ笑む男は知らなかった。


依頼人がとっくに捕縛されており、報酬は前金しか手に入らない。それに、ジーナを溺愛する者達はかつてない程に怒っている。なにより、ジーナは王族よりも大事にされる聖女に好かれている。


男は、今この場で騎士達に捕縛された方が遥かに幸せだった。そのことを知った時に後悔しても、もう遅い。

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