はち. 3


(…なんだろ? まわりと違う…)


 それは鉱物…。石のようだったが、人をかたどった全身像——…いや、

 人間…に、見えた。


 右膝を抱えるようにして地面にすわり、疲れたようにこうべをたれている。


 男性のようだ。


 目下捜索中の誰かと似ている気もしたが、その左肩の後ろ手に厚めの金属がつきたっている。


 柄が内に傾きがちで、刃が角型のようなので、形状から判断すれば竹や薪を割る時などに利用するタイプのナタか、大包丁クリーバー…。


 刃の部分がかなり埋まっているので、現実世界であれば、骨を断ち肺をつらぬく重傷。

 現実の人間なら、命をとりとめられたとしても、一部機能を失い、あとせいに支障が出そうなレベルのものだ。


 その腕や身体にも、鋭利な刃物で斬りつけられた痕跡が、数ヵ所あった。


 材質は、雪花石膏アラバスターか、高価な白大理石のようにも見えたが…、


 ——生きている…。


 かすかだが、それは熱をおびていた。


 BAKUとして、あたりまえのように悪夢を退治して生きてきた夕姫ゆきだが、そうゆうものを見たのは、これが初め…――かも知れない。


 ここで、たしかに生きていると認識できるものは多くないのだ。


 一個の人で、幻想の具現ではなく…。


 ここのものとは混ざりきらない独立した精神性――なのに…、誰かの夢に、しばられてしまっている。


 左肩につき立っているものをそれとは混ざらぬ異物と認識した夕姫ゆきは、対象の状態を確認しようと背後にまわりこむ。


 その過程で、不審そうに凝らしていた目をみはった。


 ななめ下方に、うかがえた横顔。

 ひきしまったほおのラインは、彼女が、よく見なれたものだったのだ。


「コウ?」


 ほとんど鉱物と化し、身体をよじり、胸のあたりを庇う姿勢でうつむいているその彼は、ぴくりとも動かない。


 夕姫ゆきは、とっさの思いつきで、その背中にある柄をつかみあげた。


 ひき抜くともなく、赤い色彩を見たので、ぎょっとしたが、刃渡り二〇センチもありそうなその刃物は、かんたんにぬけ…、


 刻まれている割れ目からは、ほとんど、血が流れなかった。


 しかし、ぬきだされた鈍色の刃の先に、どきっとするような血痕が付着している。


 夕姫ゆきは、とるものもとりあえず、凶器を地面においた。


 そして、彼を束縛しているしがらみ——何者かのいましめ…、

 夢の概念を、とり除こうと試みた。


 触れてみて、確信を得る。


 最近は、触れあう機会などほとんどなかったが、出会った頃は、頭をなでられたことがあったし、腕をつかんだこともある。


 彼女が知っている彼に相違そういなかった。


 夕姫ゆきは働きかける対象の生体……精神を、傷つけないよう注意しながら、そのひとを束縛していると思うもの。邪魔な素材を、ひとつひとつ、うち消した。


 不純物がとりさられるにつれて、石のように凝固していた彼の体がトクと脈うち——その肉体が、素材の色と軟らかさ、柔軟さをとりもどしてゆく。


 平行して、腕、肩などに、きざみつけられていた傷から、赤いものがあふれだした。


 見れば、胸や背中…——心臓の裏側にちかい、きわどい部分にも傷がある。


(ぅわ…! ぁ、…う! そ、そうだ! 失血のショックで死んじゃう可能性もあった……)


 あふれる血流量の多さに、なけなしの平常心を乱した夕姫ゆきは、作業を中断した。

 はじめに見た時は、白くて、石のように固まっていたので、そこまで血が流れだすと思わなかったのだ。


 着ていたコートを脱いで、それを深そうな損傷——彼の右肩と背中に押しつける。

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