ろく. 悩みといざない ~囚われております。助けにいかなきゃ、その彼、死んじゃうかも~

ろく. 1


 ちゃぽん…。


 止めたつもりのシャワーから、お湯のしずくがこぼれ落ちた。

 しっかり止まっていなかったのだろう。


 浴槽のお湯につかっていっていた夕姫ゆきは、腕をのばして、シャワーの栓を閉じた。


『…ゆうさん。あの子って、わからないね』


 その頭のなかで再現されたのは、その日、耳にした和音友人の言葉だ。

 夕姫ゆきは、浴槽のふちにおいた腕にあごをのせて、脱力した。


「あたし、何か珠里じゅりにしたかなぁ?」


 考えるばかりで、答えなど思いつかない。


『あたしはぁ! あの子が、機会があれば謝りたい、仲直りしたいって言ってるって聞いたから、みんなを誘ったんだよ?』


『それで、あたしは強制参加だったの…』


『そうだよ。ちゃんと、都合聞いてあげたでしょ(都合悪くなかったみたいだ暇してくれたから、日程調整必要なかった楽だったけど)。

 なのに伊藤さん、話すこと、ないって言ったんでしょう?

 あの子なりに、あんたのこと考えて、理想の押しつけか何かで、あんたの選択に反対してるのかと思っていたけど、そうでもなさそうだしさ…。

 あの、もしかして、あんたに普天ふてん、行ってほしくないのかなぁ?

 たしか、あの子も普天ふてん志望だったよね…。

 いまになって、そりがあわない、気にくわないっていうなら、距離、計り直せばいいだけのことじゃない。

 あの子が受かって、あんたが落ちたら、学年だって違うくなるんだし。

 それで、いいじゃないよ、ねぇ?』



〈…——……————♪…〉



 ぼぅっと、友人とのやりとりを回想していると、なにか聞こえたような気がして、夕姫ゆきは、閉じていたまぶたを持ちあげた。


(…歌番組うたばんかな?)


 テレビの音とも思えない、幻聴めいた気配。

 意識して耳を澄ましてみたが、なにも聞こえてくるようすはない。

 妙な気分になったが、夕姫ゆきは、あまり気にしないことにした。


『正直、あたし、あの子とうまくやっていく自信、なくなっちゃった』


(あたしも、なくなっちゃったなー…)


 数時間前、耳にした和音かずねの言葉に同意して、ためいきをつく。

 このままやり過ごしてしまうのは、かなり後味が悪い。

 伊藤珠里じゅりが、何か怒っているらしいことは態度から感じとれるのだが、夕姫ゆきには、これというきっかけや理由が思いあたらないのだ。



〈——……、よくよく、つかまっ…——〉



 お湯につかりながら、うとうとしかけていた夕姫ゆきが、ふっと、目をひらく。


「…コウ?」


 現実で耳にするはずのない声を聞いたと思ったのだ。


 その名を口にしたことで、そうした感覚もうやむやになってしまったが…。

 今、自分は眠っていたのだろうか?

 疑問に思ったところで自覚する。


(いけない。ここで寝たら、ふやけちゃう)


 すっかり目が醒めてしまった夕姫ゆきは、じゃばじゃばと、お湯を蹴ちらして、浴槽をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る