し. 3


「サイテー…」


 スタンバイ中の巨大スクリーンを視界に。珠里じゅりは、ぽつりと呟いた。


 自分が嫌なやつになっている。


 なにをしていても、おもしろくなかったし、周りの目を気にして、ふっきれたふりして笑うのにも疲れてしまった。


 そうして頑張っても、夕姫ゆきに対しては、いまだ、まともに向き合えていない。


 無視してしまう。あたりちらしてしまう。


 たぶん、みんなもう気づいてる。


 原因を作ってるのは自分だ…。


 ほんとうは、あたりたくなかった。


 間違っているとわかっていたから、その元凶を避けるために、もろくて分厚い壁を張りめぐらしている。


 そう。頭では、わかっているのだ。


 どの学校を目指そうと、個人の自由。


 結果を見る前に気弱になって、嫌な予測ばかりしてしまうのも、自分の心の問題で、そののせいじゃない。


 無神経に思えるほど前向きな友人…——


(違うもの。友達なんかじゃない。ただのクラスメイト。それも、もうじき終わる…)


 懐いていた時期もあったが、過去のことだ。


 ちょっと話すていどには、知っている。

 でも、友達未満…。友達じゃない。


 なぜなら、そのひとには珠里じゅりの悩みなど理解できないのだから。


 はらをわって話しても、きっと、『ありえない』と。笑い飛ばしてしまう。


 そのくせ、きっかけさえあれば、平気な顔で、その対象とつき合えたりしてしまうのだ。


 正面からぶつかってゆける人だから…。


 苦しいなかにも正当さを意識して、文句すら言えなくなる者の気持ちなど、わからない。


 わかりあえやしない。


 要領が良くて、ちょっとの努力で、たいていのことはこなせてしまう恵まれた人——


 容姿…気質…体質。環境…頭脳。


 与えられた条件からして違うのだ。


 すこし前までは憧れたし、頼りにもした。そのメリットを、いまは、ずるいと感じてしまう。


 少なくとも自分は、バカではない。並みていどにはできると思っていた。


 手を入れれば、かわいく見えないこともない容姿も、悲しむほどではないのだと。


 気に入らない部分をあげだせば、きりがないが、手の届く範囲で妥協し、良くしていこうと努力していたのだ。それなのに…。


 その人は、自然体でも珠里じゅりの上をいってしまう。


 そんなのは、あんまりだ。不公平すぎる。


 彼女…。日野原ひのはら夕姫ゆきは、珠里じゅりの劣等感をひどく刺激する。


 珠里じゅりが欲しいものを持ち過ぎていて、

 いま、珠里じゅりがなによりも欲しいと思うものを手にいれる可能性まで備えていそうなのだ。


 自分は、多くを望んでいるつもりはないのに、気づいたら日野原ひのはら夕姫ゆきは、そんなふうにあった。だから…。


 ——嫌い…。

 思ってしまうのだ。


 それは、ねたみ。嫉妬というもの。


 きっかけは、ほんの些細なことだった。


 更科さらしなあまねの好きな人が、日野原ひのはら夕姫ゆきとはかぎらない。


 事実、気になっているのだとして、その中身が恋愛感情であるのかも。


 進路選択の理由が彼女なのかも、彼が発したというその言葉が本気だったのかさえも不明なのだ。


 なにもかもが不確かで、その二人がまとまってしまうと決まったわけでもない。


 学校祭前の彼らは、十中八九、見ず知らずの他人だ。


 わかっているのに。珠里じゅりは考えてしまう。

 そして、その人の長所が目にはいるたび、いらついてしまうのだ。


(だって、気に障ってしかたない。あいつが嫌いに、なっちゃったんだもの…)


 自分の許容量にあまる感情。葛藤。思いを持てあましていたから…。


 だから珠里じゅりは、このところ、ずっと…辛くて、息苦しくて、しかたなかったのだ。 


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