さん. 3


「来たね。第一波」


 その人のつぶやきから一分もなく。見おぼえのある男子が四人。

 うち、ひとりが視線がかぶったところで手を振った和音かずねに気づき、いっしょにいた者ともども、こちらへ向かってくる。


 集合場所は、このカフェからも臨める、多様な商店テナントに包囲されたその中央ラウンジだ。


 たまに、ペットやアウトレット品の販売、戦隊ショーなどのイベントに利用されたりする多目的スペース。


 こっちが行かなくていいのだろうかと夕姫ゆきが思案する中に、メンバーが群がってくる。


 ものの十分もすると、そのカフェが集合ポイントにすり替わっていた。


 思いたった者が、通信機器を駆使して情報交換し、能動的な子が、声かけに行ったりした結果だ。


 突然の変更に苦情を述べる者もいたが、そう遠くない近場にすぎず、その場的な有志によるサポートもあったので、本気で怒りだす者はいない。


 人数も大多数といえるほどでもない。


 漫然と状況に流されていた夕姫ゆきの目が、そうして集まった者のなかの一人にとまった。


 ゆるやかな栗色の天然パーマ(天然じゃないという噂もある)に、小さなおもて。

 瞳以外のなにもかもが、ちっちゃい感じで、『かわいい』という声も聞こえてくる少女。


 ——伊藤珠里じゅりだ。


 その彼女が、こころなしか消極的なしぐさを見せつつも、いそいそと夕姫ゆきのななめ前方に立つ。


 座席にいた夕姫ゆきがなんとなく上目づかいに見上げていると、視線が出合いそうになったそのタイミングで、相手の目が、すっと反らされた。


 集まってきた若人が、近い椅子に陣取ったので、注文をとりにきて退けられたスタッフやらなんやらが、落ちつかないようすで、こちらをうかがっている。


 空席があるのが幸いだが、一人や二人ではないので、良識としては(混んでいる時などは特に)してはいけない所業である。


 せめて、後に来た者のうちの誰か(全員ではなくても、理想としては複数)が、オーダーをとるべきなのかも知れないが、そういった流れは皆無だった。


 経営側の誰かがキレて、追い出されなければ、なし崩しになりそうな勢いだ。


「柳沢のおまけクンはどうしたの? 来るって、豪語してたのに…」


「いや、逆だよ。セラ君(が)本命で、明良あきらがおまけだから」


星良せいらのやつ、朝まで起きてたみたいでさ…俺まで遅れそうになったから(見)捨ててきた」


明良あーにいちゃん、冷たい」


「そっかぁ? 声はかけたぞ」


 話題にのぼった少年の兄(戸籍上は義理の兄弟で、実の従兄弟)は、なにくわぬ顔で、うなじに手をあてている。


「電話してみる?」


「んー、めんどー。来たけりゃ来るだろ」


「にーちゃん、ほんっと冷たいなぁ」


「褒めようと、貶そうと何も出ないぞ」


「もちろん褒めてないし。がんばっているセラ君が、かわいそう」


「寝墜ちする方が悪い。本気で来たかったら、三日貫徹しても自力で立つもんだ。

 寝不足で滑っても、周りの世話になるだけだ。そんな迷惑なやつ、ほっとけよ。

 ファンか何か知らないが、おまえら(は)、あいつを甘やかし過ぎだ。

 (年下っつーんならわからないでもないのに同期タメだろ。

 なにか扱いが違うんだよなー…)」


「そーいえばさー、セラ君って、少し、…日野原ひぃさんと似てると思わないー? (造りが)」

「んー、そーだねー(惚れてるっぽいけど…)」


「あいつから見たら、(夕姫ゆきは)叔母だからなー…」


「ん…? なにが〝おば〟? おばだ…?」

「それ、ヨーロッパのどこかの自治体! たしか、イタリアの!」

「いや、ユリの品種じゃないの? (でも、なんの関係が…)」


(わかってなさそうな気がするんだよなー…星良あいつ…)


 ちょっとしたアマチュアクリエーターを弟にもつ柳沢やなぎさわ明良あきらは、迷走する級友の会話をうやむやに退け放置して、夕姫ゆきがすわっている椅子の背もたれに手をかけた。


夕姫ゆき。おまえ、よゆーそうだな。次どこ受けるんだ?

 現実なめてると、また落ちるぞ?」


「まだ合否、出てないでしょ」


 あきれ顔で自適につぶやいたのは和音かずねだ。


 そこで聞かれた本人夕姫が、後ろに来た友人を確認するともなく意識して、事も無げに答える。


「今年は、もう受けないことにした」


「あ?」


「落ちたら一浪して、来年、挑戦する」


「おまえ、普天ふてんごときで…」


 夕姫ゆきを斜めに見おろした明良あきらが、なんとも言い表し難い奇妙な顔をするなか、

 そのほぼ対角線上で、ぎょっと目をみはった珠里じゅりが一歩踏みだし、テーブルごしに夕姫ゆきを問い質した。


「それって、どこ受けるの?」


「ん? おなじところ」


「どーしてっ?」


「他に行きたい学校もないから」


 夕姫ゆきがあっさり答えると、和音かずねが、うんうんとうなずいた。


「近場で安く冒険するなら普天ふてんに限るよね。

 あそこ、いま、フロンティアスクール対象校で、いろいろやってて、なにかっていうと助成金お金出るみたいだし。

 がんばって成果出せば、奨励賞(賞金)くれたり、積みたて金・学費・部費の一部免除なんてのもある。

 市立イチリツになった手前、いつまで有効か…なんて言われてるけど、春日かすがグループのコネも後ろ盾も健在で…。

 公立にしては、ちょっとお高くつくみたいだけど、単位とボーダーライン維持できれば就業も可だから、真の目的がなんであれ、ふところ幅広・将来末広がり…。

 苦学生に芸能人、アスリートに多忙などこぞのお家元。

 相手まちがえなければ、楽しそうだし、交友ひろがって、知らない世界拝めそうだしで…。

 有名大学目指す特進クラスもあれば、夜間操業の問題児クラスもある」


 …と、ここからは、しばし、そこで対峙している四人~夕姫・珠里/おまけの明良と和音~を除いた、同期観衆の意見交換やりとりになる。


って、単なる補習組では…?」


「あそこ、私立の時と違って、経済的なハードル、かなり下がったんだよね…」


「前の学校、無くなるのを聞いて惜しんだヒトタチとか企業の寄付がはんぱないっていうよね……ま、寄付それの方は、ここ数年のこと~いま~だけかも知れないけど…。

 普天ふてんの売りって、統合前の三校のいいとこ採りだ。修学旅行、ないけど。

 隆希学園りゅうき(正式な読みは「たかしきがくえん」)から、キャンプ施設ももらったって…」


普天ふてんって、修学旅行ないの?」


キャンプ施設~あれ~は(学校がもらったんじゃなく)、春日かすがグループが(運営)引きうけたんだよ」


「修学旅行の裏金積み立ては天桜あまざくら騒動の汚点のひとつだからね。

 でも、星空キャンプとか、お金出せば行ける海外研修(なかばまで観光)とか、企画・イベント、いろいろあるそうだよ? 

 三分の一、私立みたいなものだね。ずるい、なんだのって、他のところのPTAとか教育委員会が騒ぎだしそうだけど、海外研修なんて、フロンティアなんちゃらの一貫で…。春日かすがグループが関わって率先しているだけで、申請すれば他校生も参加できるってものだし。

 今日キョービ、時間とノルマに追われて、よそを見るよゆうも、そんな体力あるところもなさそうだしね…」


「あんた、やけにくわしいね?

 日ノ都立普賢と-ふ高校こう(志望)…だったよね?」


と呼ばないで。普高生ふこうせいにとっては侮辱ブジョクだから。せめて、都普高とふこうとか普高ふこうとか…。

 …――市立なのにさ、名門私立(しかも、当時完成間近になっていた新校舎~築二年~)の校舎なんて、おいしそうだからね。

 学校見学、行ったのよ(落選者多数・定員いっぱいの大所帯だったけど…。あんたもいなかったけ…?)」


普天ふてんも、普高ふこうって呼べそうじゃない?」


普天ふてん普天ふてん! 通名呼び名は古参を優先するものだ。

 主流(を)優先しないと、まぎらわしくなるの! 誤解のもとでしょう」


「なら、やっぱり豆腐だろ」


「とうふは、軟らかくて栄養価が高くて、ダイエット食にもなる万能食材だよ…」


「食べすぎるのは、よくないらしーぞ。納豆なっとーもな。ホルモンバランス崩れるって(んで、体の中から壊れるって、親父が言ってた。表記漢字からして不穏酷め)」


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