さん. 2


 そんな過去の事情は、さておき。


 夕姫ゆきはいま、スケートしに行かないかという誘いにのったので、ここにいる。


 有志の待ちあわせに使ったのは、駅に直結するショッピングモールの地下街。


 いくらか早く来てしまった夕姫ゆきとその子は、ガラスごしに集合場所が見えるそのカフェで、だぶついた時間をつぶしていた。


 あと、十五、六分ほどだが、のこりのメンバーの姿はまだない。


「それで、けっきょく、何人くるの?」


 夕姫ゆきが、ぬくぬくのカップを両手で支えながらたずねた。

 器には、ココア色の液体がゆれている。


「わからん。

 ここに来なければ現地集合OKオーケイってことにした。来たら知らせよこせってね。

 でも、みんな、… ひどいんだ。

 スケートなんて縁起悪いとか、ゲームするとか、ひたすら寝るーとか…。買物だ、ボーリングだって、別口で集合かけだしたりして…。

 確実なところは、あんたも(わたしも)入れて七人ってところとこかな。

 全滅って可能性がないこともないけど、中学最後の思い出になるし(※まだ卒業はしていないので、この後も、思い出形成の余地はある)、

 絶対来るって言ってる奴もいるからねー」


「ふぅん、誰が来るの?」


「それは、来てからのお楽しみとゆーことで…」


 思うところでもあるのか、言いだしっぺの彼女――磯村いそむら和音かずねは、答えをにごした。


 容姿は凡庸マイナスそこそこでも、笑顔がすこぶる愛らしいそのがたちまわる時、裏に何か(主に人間関係的な計画が)あることも少なくないのだが…。


 いまのところ、特に興味も覚えなかったし、和音かずね性格気っぷりの良さ、まっすぐさを知っている夕姫ゆきは、そのあたりを追求しようとはしなかった。


「(それ)にしても…。ゆうさんって、ほんと、ふっきれてるよねー。

 昔はなんで泣いてるのか、なに(を)怖がってるのか、わからない子だったのに」


「なんのこと?」


「進路選択」


「そう?」


 あえて指摘されるほどの自覚がなかった夕姫ゆきは、冷めた調子で受けながした。


 学年主任に

 『点数満たしていても、落ちる者は落ちる。あそこは面接と内申、生活環境(救済的必要性と生徒の印象)を重視するが、どこだろうと各教科の限度ラインはある。

 おまえの実力で、英語三〇点以下、後が白紙では、情報に手違いがあったか、ズルしていたか、そうでなければメンタルに問題ありと受けとられかねない。

 まだ、行けるところはある。普天ふてんは捨てよう』と。


 他校を勧めるのと平行して、脅しめいたご指導を頂戴したというのに、夕姫ゆきは、はた目には、まったく、応えていないように見えた。


 気丈夫なふるまいで、中学生ばなれしたよゆうを感じさせる。


 実際は、それなりに悩み、あくせくもしたのだが、すでに方向を決定づけした後なので、すっかり、ひらき直っている。


 今は表面だけ…ということもないので、そうと言われてしまえば、その通りなのだった。


 前に進むための悩みがつきない彼女だが、後ろは、参考ていどにしかふり返らない。


 日野原ひのはら夕姫ゆきは、がいして打たれ強かった。


 他人ひとには話せないが、それもこれも、もの心つく前から、悪夢とはりあうことでつちかわれた甲斐性である。


 和音かずねが指摘したとおり、昔は、かなり泣き虫だった自覚がある(主に夢見? が原因。もしかしたら、兄との不和がもたらした不安もあったかもしれないが…)。


 BAKUの夕姫ゆきが、眠りのなかで手にするのは、ほのぼのとした休息か、その安らぎを壊すものとの抗争。


 せめぎあい。


 眠りの中に到るそれが《夢》であることに違いはないのかも知れないが、彼女のそれは、

 大多数の人が見るものとは、おもむきも方向軸も性質もかなり異なるもの…らしいのだ。


「前から思ってたんだけど、ゆうさん、どうしてそんなに普天隆ふてんりゅうにこだわるの?

 リスクの高い特殊な内職バイトでも、する気なの?」


「んー。あそこ、生徒をあまり縛らないというか…、極端に走らない限りは自由みたいだから…。

 ふところ広くて、苦学生に同情的なのも好感(を)もてる。

 校舎も新築同然で、環境・設備とも贅沢に整ってる…。

 公立で、あそこまで施設充実してるところって、なかなか無い。

 あたしはまだ、なにに成りたいわけでもないから、これと定めないままに見識広める意味でも…。

 いきなり、多くの情報にさらされても目が眩むから、影響受けすぎないていど。ほどほど維持できるペースで、異国の人達と交流できたらいいなぁと…」


「誰にもなびかないなぁ…思っていたら、外人かぶれかよ」


「知り合いに国も本名もあやふやなヤツが、約一名いるの(言葉に不自由はしてないけど、向こうは意外と何でもアリのような気がするから自動変換してるのかも知れないし…)」


「直接、会ったことあるの?」


「うん。ちょくちょく(睡眠下だけど)」


普天ふてんに(いるの)?」


「どうだろ? わからない」


「男? 女?  Unknownアンノウン?」


「男。

 でも、けっこう(というか、かなり)きれいなやつで、正体不明

 (…。改めて考えてみると、睡眠下って、会ったことあるうちに入るのかな? こっちに実体が存在するあるのかもわからないし…)」


「常識だけどさ…。素性はぐらかすヤツには気をつけた方がいいよ。

 整形美人…ん? 美形? 偽装イケメン…フェイクフェイスなのかもしれないでしょう。

 中身がきれーなら、それでもいいけど、それなりに仲よくなったら、カミングアウトして欲しい場面じゃない。

 信用されなきゃ、とーぜん信用もできないっていうかさ…。

 まぁ、それで(関係)壊れる可能性もあるわけだから勇気と根性は、いるよね…。でも、だけどだよ?

 いざ、結婚となって、子供が出来たりしたら、あれれってことにもなるじゃない。

 知っていたら、覚悟も出来て、いっしょにひらき直った対策、立てられたりもするのに…。本人が、白状するとも限らないし、よその親に浮気疑われて、噂される可能性だって出てくるわけでしょう?

 とにかく、いい男・目立つモテ男、捕まえた女は、ひがまれるんだから…」


和音かずねさん…。

 話が変な方向にすっ飛んでるよ。コウは、そうゆーんじゃないけど…。

 まぁ、寝ているときしか会わないし…。似たようなものかな。

 ――整形か…。

 それって、向こうでもありなのかな?

 うん。ありかも…。変に白いし、なにかしらの修正が入っているのかも…)


 友人の諭しに耳を傾けながら夕姫ゆきが、漠然と思いかえしていると、和音かずねの視点が、七割型ガラス張りになっているカフェの出入り口へ流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る