さん. 夕姫 ~その後の対策と傾向/親しい仲間と学園おぴにおん~

さん. 1


 試験後の進路相談を目的とする登校日。


 担任と話して、非常に不本意な勧めを受けた後、職員室を訪れた夕姫ゆきは、進路指導の先生と向きあっていた。


 妙に重苦しい空気が漂っている。


「居眠りしたのか…」


「んー。はい」


「体調…悪かったのか?」


「いえ。そんなことは…」


「何か思うことでもあったのか?」


「眠ろうとして眠ちゃったわけでは…(夢みてた向こう行ってたけど)気づいたら終わってて、答案がなくて…。

 英語の点数ゼロだったとしても、他は、それなりにとれてると思いますが、入れますか?」


「おまえは大丈夫だと思っていたんだがな…。やってしまったものは、しかたない」


                   🔮🔮🔮


「――…同じところの後期選抜入りたいって言ったら、落ちたところの二次、受けるなんて前例がない。しないのが常識だとか…。

 試みようとするだけで経歴に残って、後が面倒とか無茶だとか…。

 そんなこと、ごちゃごちゃ言われたから、バイトでもしながら塾か予備校でも通って、来年、再兆戦しようと思うんだ」


ゆうさん、浪人する気なの?」


「うん」


 透明な障壁ガラスウォールの向こうには、不特定多数が行きかう地下街。


「過年度生の受け入れが表向き可能な学校でも、実際はハードルが高かったりする――それで入っても、年齢主義から、制限がかかって、内申のあつかいも違ってくるとか、いろいろ苦言、言われたけどね…」


 角にまるみがあるテーブルについて、お茶していたふたりは、受験というしがらみから半ば解放されたことで、時間をもてあましている私服の女子中学生だ。


「筋金入りだねー。まともな神経じゃ、そんな選択はできない。

 親に何か言われない?」


「そんなに、そこに入りたいのかーって聞かれた。

 うんって言ったら、黙っちゃった。

 そのうち、答え、くれるんじゃないかな…。

 まぁ、先生に相談してみろとは言われた」


「変わってるね。ふつーはさ、保護者の判断とか権限みたいなの振り回すものでしょう?

 経済的にどーだとか、考えが甘いとか、時間は待ってくれないとか、おまえは、ン〜年しか生きてないから、そう考えるんだ、とか。世間体とかね…。

 あんたの場合、高校、入れない頭じゃないんだし。

 それって、だからこその余裕なのかもしれないけど。うらやましいよーな、あっきれたよーな…」


 ふたりは幼稚園の頃からのだ。


「けっこう、現実(は)偏見がちがちで、お堅いから、へたに甘く見ない方がいいよ?

 あんたの親も甘いぬるいねー」


 《親友》というのもよくわからないが、なんとなくいっしょにいるのがらくで、とぎれることもなく続いているから、《くされ縁》かそれに近い関係なのかもしれない。


「ちあにい、中三で失踪してるから」


「あ…。そうだったね。ごめん」


「謝らなくていいよ。正直、それにつけこんでいるようで胸が痛いけど…。

 ちあにいが、受験ノイローゼだったとは限らないんだし…」


 日野原ひのはら夕姫ゆきには、知明ちあきという四つ年上の兄がいるのだが…。

 その彼は、四年前…中学三年の春に、突然いなくなっていた。


 失踪なのか、事故的なものなのか、犯罪に巻き込まれてのことなのかもわからない。


 どこか現実をなめていて、試験の時、出題の不備をつくような答えを返して、精神状態を疑われると、わざと間違えて点数をおとしたり…。

 オール一〇〇点になる模範解答してみせたり。


 常識の枠におさまらない見識と図太さをかいまみせることもあった彼は、ある日突然、身内はおろか、友人知人にも、これという手がかりを残すことなく姿を消したのだ。


 幼心にも、よくわからない兄だったから、彼がいなくなった時、夕姫ゆきは正直、気が抜けたというか…。


 ちょうどその頃、兄との関係が、かなり、ぎくしゃくしていたこともあり、ぶっちゃけ、ほっとした感覚をおぼえたのだ。


 それも、たぶん、

 認めたくはないが、悲しさと不満ととまどいとごまかしの裏返しで…。


 いちおうは兄と妹。


 これという場面では、面倒をみられ、守られていた立場。

 むかしは、なんだかんだ言いながらも甘えさせてくれた存在で、懐いていたから……

 寂しくならなかったわけではないのだ。


 苦手意識はあれ、ほぼ遠慮のない関係で、

 突きはなされて嘆こうと、気をゆるしていたからこその反発で……

 嫌いではなかったと思うし、突きはなされる前までは、むしろ、頼りきっていた…。


 ――いささか過剰な過ぎるほどで…。


 とにかく。

 身近にいた人間がいなくなれば、その人が存在した場所に、ぽっかり空間が出来て、おちつかないものだ。


 自分から出て行ったのなら(あの兄なら、なんとかやって行けそうな予感がないこともなく)、まだ、それと割りきれるが、

 そうだったとしても、その後が安泰とは限らないのだ。


 独り立ちするには早すぎる年齢で、事件に巻き込まれた可能性も低くない。だから薄情さを自覚しつつも、かなり心配している。


 未練に歪んだ妹の思いなど、ひとり息子の安否を気遣う両親の辛苦には、ぜんぜん、およばないのだろうけれど、兄の出奔に関しては、自分に原因がありそうな予感もあり、

 被害者感情とないまぜの罪悪感からなのか…。


 いまみたいに、ちょっと考えるきっかけがあると、どうしても…。


 口で、どう言っていようと、落ちつかなくなって…。

 不安になったり、無性に申しわけなくなったりするのだ…。

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