最終話 さようなら、研。
その男の走りは早すぎて実体が見えなかった。ただ、残像が残るのみ。そして素早い手の動きはかまいたちのようだった。彼が通った後の住宅のポストには全てチラシが収まっていた。彼の名は藤堂 研。しかし、その神業を見て皆は彼をこう呼んだ。
ポスティングマスター研 ‼
最終話 さようなら、研。
(1)
某大国のA国諜報機関本部の会議室にて。
テレビモニターを見ながら幹部たちが話し合っている。
「ごらんください。このポスティングマンを。」盗撮したらしい映像を見ながらひとりの男が説明を始めた。十名ほど幹部たちはその画像の中の男の動きを注視した。
「成程、まぁまぁ早いな。それ以上に動きに無駄がない。極めて正確だ。」
「まぁまぁ?これは三倍速で再生しているのですよ。」
「三倍速⁈本当か。だとしたら凄い速さだ。」
「普通に再生したら動きが見えないのです。」
「この男は本当に実在するのかね?」
「ええ。日本の東京に。彼の名前の藤堂研。人は皆、彼をポスティングマスター研と呼んでいます。」
「うーむ。軍事目的に利用したらかなりの武器になりえるな。」
「是非、彼をスカウトしようじゃないか。」
皆その意見に同意した。
一方、別の大国諜報部。同様に研の画像を見て幹部たちがどよめいていた。
「A国が彼をスカウトしようとしております。」
「まずいな。Aに行かれたらかなりの脅威だ。」
「阻止せねば。我々が先に研を連れてこよう。」その意見に皆同意した。
(2)
その頃、研は都内の街中をポスティングしていた。半袖半ズボンの体操服姿で、帽子は今日は白組だった。
「ハーイ!ミスター研」
そう呼ばれて研は動きを止めた。声のある方をみると黒人の紳士が立っていた。
「なんでしょう?今、忙しんだけど。」
「ワタクシA国諜報部所属のハワードと言います。研。我々は貴方をスカウトにきたのです。」
「スカウト?」
「はい。三年十五億プラス出来高払いで如何でしょう?」
「じゅ、十五億⁈一体、何枚チラシを配らなきゃいけなんんですか?」
「チラシではありません。ミスター研。貴方に運んで頂きたいものはこれです。」
そう言ってハワードは小箱を見せた。
「なーに?これ。」
ハワードはニヤリとして言った。
「小型核爆弾ね。」
「え?」
「これを悪者の家のポストに投函するのです。」
「悪者?じゃあこれは良い仕事なのかな。」
「そうです。A国にとって悪者は世界の悪者なのですから。」
「ふーん。しかも十五億貰えるならやってもいいかな。」
そこに銃声が響いた。
「危ない!」ハワードが研を抱えて地面に伏せた。
「ハワード!お前らA国の思い通りにはさせない!研は我々が頂く!」
「研。悪者です。」
「そうなの?」
更に機関銃や手りゅう弾で攻撃してくる。
「研。こうなったら彼の所にこの核を置いてきなさい。そして直ぐにこちらに戻りなさい。遠隔操作で核爆発をしましょう。」
「ええ?そうなったらこの一帯は。」
「消滅しますが止むをえません。」
「わーい。じゃあ、もう今日はポスティングしなくていいんだ。」研は喜びいさんで走っていった。ものすごいスピードだ。そして彼らのところに着くともの凄いスピードで戻って来た。
「流石です。研。」
だが次の瞬間ハワードの顔が強張った。
「研。それは⁈」
「うん。あの人たちがくれた。」
研の手に日本語で“研さんへ。おいしいから食べてね”と書いてある小箱があった。
「奴らの核爆弾だ!」
ハワードが手にしていた遠隔操作のボタンを押した瞬間、研の持っていた小箱も爆発した。
奴らも遠隔操作したのだ。両陣営とも同時核爆発!
ひとつの街が消え数多くの住居と人が消えた。もちろんポストも。そして研も。いや、研のことだ。どこかの木に引っかかって生きているに違いない。確証はないが。・・・
おしまい
(エンディングテーマ)
ひとり、今日もひとり。
ポストにチラシを入れる日々。
ポストにチラシを入れる時
住人と出くわすとバツが悪い。
ああ、ひとり、今日もひとり
あの角を曲がったら
小走りで逃げよう。
ラララ、ルルル。
ポスティングマスター研 光河克実 @ohk0165
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