第2話 滑空する男
その男の走りは早すぎて実体が見えなかった。ただ、残像が残るのみ。そして素早い手の動きはかまいたちのようだった。彼が通った後の住宅のポストには全てチラシが収まっていた。彼の名は藤堂 研。しかし、その神業を見て皆は彼をこう呼んだ。
ポスティングマスター研 ‼
第二話 滑空する男
(1)
その男はひとりオフィスビルの屋上にいた。眼鏡をかけ白衣を着ている。研究者風だ。そして物影から研とポスティングの先輩岩田がじっとその男の様子を伺っていた。
やがてその男はフェンスを乗り越え外側に立った。
「まさか飛び降りるんじゃ?・・・」
慌てて先輩が男の元に走りだし
「おい!早まるんじゃない!」
フェンスを乗り越え、男の身体を羽交い絞めにした。
「なんだ?アンタ!」男が叫ぶ。
そこへ同じくフェンスを飛び越えた研がふたりにドロップキックを放った。
「あ、あ、あ、ああああああああああ。」
二人はそのままビルの外から落下し、いや、ぎりぎり先輩の右手がビルの端を掴んだ。
「何やってんだ!研。」
「いやぁ、羽交い絞めしたら、そこは普通ドロップキックだろうと・・・。」
「あほか!はよ、助けんかい!」
「そうですか。」
なんとか二人を引っ張り上げる研。
「いやぁ、一時はどうなるかと。・・・」
「それはこっちのセリフだ!」
先輩が研の頭を殴った。
「あのう、アナタたち一体誰なんですか?」
男は真っ青な顔で質問した。
「お前と同じ、ポスティングの岩田だ。会社からお前のポスティングの動きがGPS上で変だから調べるように言われたんだ。」
ポスティングする人は勤怠管理アプリのGPSで常にその動きを会社からチェックされている。きちんと担当エリアを回っているか確認する為だ。
「それよりお前、なんで飛び降りようなんてしたんだ?」先輩が問うと男が笑った。
「いやだなぁ。飛び降りなんてしませんよ。ポスティングしようとしていたんです。」
「はぁ?」研と先輩が顔を見合わせた。
「まぁ。見ていてください。」
そう言うと男は紙袋からチラシをどっさりと出すと、右手の人差し指を軽くひと舐めしてから、空に向かって立てた。そして突然、チラシを東西南北にむかってそれぞれ放り投げた。
「アアー?おい!そのチラシ、ポスティングするヤツだろう?勝手に捨てるな!」
「ちゃんと見てください。僕は風を読んだんです。チラシはそれぞれ風に舞ってきちんとポストに入っていってるじゃありませんか。」
「えっ⁈」
研たちは言われ通り、男の放り出したチラシの行方を目で追った。するとなんと、一枚一枚、各住居のポストにスッと入っていくではないか!
「そんなバカな?お前は何者なんだ?」
「僕ですか?そうですね。“風使い”とでも言っておきましょうか。」
そう言ってその男は再び笑った。
(2)
「東出といいます。僕は大学で准教授していましてね。でも、それだけだと生活が厳しくて、バイトでポスティングをしています。」
「さっきのは、どうやって?」
「僕の専攻は空気力学です。空気や風の流れを読んでチラシを配布しているわけです。」
「そんな事できるの?凄いな。」
「ええ。ですから雑居ビルとかスーパーの屋上とか要所、要所に行ってチラシを飛ばしているのです。効率いいでしょう?」
「うーん。でも、ポスティングは実際に廻らないと、“チラシお断り”の張り紙に気づかないだろう?研修で習ったはずだ。」先輩が腕を組みながら呟いた。
「うふふ。本当にそんなルール守っている人いるんですね。」東出が皮肉っぽく言った。「守っているよ。でないとクレームが来る。」
「多少のクレームが何です?要は効果が上がる方がいいわけでしょう?効率的に行きましょうよ。その方が短期間で多くのポスティングが出来ますよ。」
先輩はこういう理屈が嫌いだった。
「貴様みたいな頭でっかちに何が判る!ポスティングには“ポスティングの道”というものがあるんだ!」
「そういう古い価値観ではその業態は伸びない。」東出が断じた。
「えーい。ならば勝負だ。東出!明日、同じ時間にここへ来い。どちらが早く1000枚配布できるか研と勝負しろ。それで研が勝ったら俺のやり方に従って貰う。お前が勝ったら好きにすればいい!」
「え、俺?」急に振られた研が驚いた。
「良いでしょう。受けて立ちましょう。」被東出ニヤリと笑った。
(3)
戦いの当日。東出はオフィスビルの上。研はビルの前にいた。
「それでは位置について。」先輩が合図をする。いつでも体操服姿の研が徒競走のようにスタンバイする。帽子の色は今日は白組だ。
「ヨーイ、ドン!」空砲が鳴った。
ダッシュする研。その動きは正に隼だ。次々にポストにチラシを滑り込ませる。そして“チラシお断り”のポストはきちんと避けていった。一方、東出は風を読みそしてチラシを放った。風に乗ってみるみる内にチラシがポストに吸い寄せられていく。ただし“チラシお断り”のポストにも。・・・・
しかし、ここで東出に計算ミスがあった。昨日は気づかなかったが、どうしてもそのビルからは死角になるポストがあったのだ。そこには直接入れるしかない。
「えーい!仕方ない。」
東出はおもむろにハングライダーを出し、それに乗って滑空した。途中角度を変えてそのポストに突っ込む。一方の研も、そのポストに入れれば全て配り終わる。全速力でポストに突っ走る!果たしてどちらが先か!
その時、突風が吹いた。研がやはり、おもむろに巨大扇風機をだして東出を吹きとばしたのだ。ぴゅ~。
「あれ~。」
東出はどこか遠くへ飛ばされて行った。先輩は研のところに駆け寄る。
「あいかわらず卑怯なやっちゃな。東出は死んだのか?」
「いや、彼の事だ。今頃、どこかの木に釣り下がって生き延びていますよ。」
「そうなの?」
「・・・・・。」
研にも確証はなかった。
(エンディングテーマ)
ひとり、今日もひとり。
ポストにチラシを入れる日々。
GPSで動き見られて
意外と自由がない。
ああ、ひとり、今日もひとり
あの角まで配布したら
靴に入った小石捨てよう。
ラララ、ルルル。
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