ポスティングマスター研

光河克実

第1話 キングのジョー

 その男の走りは早すぎて実体が見えなかった。ただ、残像が残るのみ。そして素早い手の動きはかまいたちのようだった。彼が通った後の住宅のポストには全てチラシが収まっていた。彼の名は藤堂 研。しかし、その神業を見て皆は彼をこう呼んだ。


ポスティングマスター研 ‼


第一話 キングのジョー

(1)

 千葉県某市岡田町三丁目。畳敷きの小部屋で開かれている自治会で、車座に座った老人ばかりの役員たちが頭を抱えていた。

「うーん。困った。困った。」

「どうすればいいんじゃ?」

「最近、ポストに同じチラシが二枚から三枚も入っておる。しかも“チラシ・勧誘お断り。”と張り紙をしているポストにまで、チラシが投函されておる。」

「このままでは、この町はチラシで埋め尽くされてしまうぞ。」

「いっそ、この町を出て行こうか。」

「実際、引越しした者がおるそうじゃ。」

「このままではこの町は滅びる。」

「自治会長!なんとかせねば。」

自治会長が重い口を開いた。

「ポスティングマスター研。研を呼ぼう。」

「呼びましたか?」襖があき、一人の若い男が立っていた。小・中学生が授業で着ていた上下白の体操服。185㎝の高身長の両手両足が半袖半ズボンから異様に伸びている。肌は白い。そして紅白帽の顎ひもをしっかりと顎にかけている。今日の帽子の色は赤組だ。

「研!どうしてここに?」自治会長が叫んだ。

「なんとなく呼ばれるような気がして、襖の外でまっていました。」

「そうか。早速で悪いんだが。・・・」

「ええ。聞いておりました。二枚同じチラシを投函したり、“チラシお断り”の家にも配るなんて、そんなポスティング道から外れた奴、断じて許すわけにはいきません。私が成敗しましょう!」

割れんばかりの爺たち役員の歓声。

「でも、どうやって?」自治会長が聞いた。

「私に考えがあります。まずは奴をおびき寄せる事です。」研が不敵に笑った。


(2)

「チラシを配る方へ。ご苦労様です。このチラシを見たらポスティングマスター研まで、ご連絡ください。 携帯番号●●●・・・」

この様な文言のポスターを各住居のポストに研が貼っているといきなり肩を叩かれた。

「俺に何かようかい?研とやら。」

今時珍しい黒のテンガロンハットに黒ずくめのウエスタンスタイル。男がニヤリと笑った。

「お前か。理不尽なチラシ配布しているクソ野郎は!」研がいきり立つ。

「クソ野郎とは品のない男だな。俺の名は石戸錠。通称、キングのジョーっていうんだ。

以後、お見知りおきを。」

そう言ってジョーは大げさにお辞儀をしてみせた。と、次の瞬間、持っていたチラシをスっとバックハンドで投げると研の頬をかすめ後ろのポストに入れてみせた。研の頬が切れ血が滲んだ。

「フ、やるじゃねぇか。ジョー。」

「研。ここらは俺の縄張り(シマ)だぜ。勝手に荒されてもらったら困るな。」

ジョーが凄みをきかせた。

「何を!俺が来たからにはお前の思うようにはさせん!俺と勝負しろ。負けた方がここから出て行くんだ。」

「面白い。いいだろう。どう決着つける?」

「え?そうだな。じゃんけん三回勝負だ!」

「・・・いや。普通、ここはポスティング勝負だろう?」

「そう?・・・そうか。じゃあ、あそこの第一公園入口を背にすると二十軒ほど真っすぐの道に左右、一軒家が並んでいる。その右の三十軒目が丁度、自治会長の家だ。そこをゴールにしよう。自治会長に見届け人になって貰って、どちらが早くゴールするかで決めようじゃないか。」

「望むところだぜ。」

(3)

「そんなわけで自治会長。宜しくお願いします。」ことのいきさつを研が伝え、自治会長も了承した。他の役員も含め皆で第一公園に向かった。

「では早速。二人とも正々堂々とな。」

会長がスタート地点で競技用の鉄砲を撃った。

 二人は稲妻の様な勢いで走り出し、一軒一軒、ポストにチラシを差し入れる。そのスピードは颯のごとく!

「速い!流石はポスティングマスター研!」

「ジョーもしっかりついてきてるぞ!」

ラスト三件。その時、研のバランスが崩れた。

「あっ!」転倒する研。

「ワハハ、この勝負、貰った!」

ジョーが自治会長の家のポストにチラシを投函する。研の負けか⁈

どっかーーーーん!

耳のつんざくような爆発音。自治会長の家が吹き飛んだ。湧き上がる噴煙、炎。

「アア~⁈ワシの家が!ワシの家が!」

慌てて見届け人の自治会長ら役員が駆け付けた。そして自治会長は燃え盛る我が家の前で

茫然と立ち尽くした。

「フフフ。自治会長のポストにプラスチック爆弾を仕込んでいたのさ!異物が触れると爆破する仕組みでな。」研が不敵に笑った。研はわざと転んだのだ!

「ジョーは死んだのか?」爺が呟いた。

「いや、奴の事だ。今頃、どこかの木に釣り下がって生き延びているさ。」

「そうなの?」

「・・・・・。」

研にも確証はなかった。


 こうして戦いは終わった。突っ伏し泣き崩れる自治会長の側に爆発で変形したポストが転がっていた。研はその投函口に最後のチラシを差し入れた。


(エンディングテーマ)

ひとり、今日もひとり。

ポストにチラシを入れる日々。

配る範囲の住宅数

思った以上に多すぎる。

ああ、ひとり、今日もひとり

あの角まですんだら

水筒からお茶をすすろう。

ラララ、ルルル。



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