3-4 悲しみは消えると言うなら喜びだってそういうものだろう

「てやあぁぁ! 降臨!」


「燐……!!」



 鈴お姉ちゃんは妹の燐の姿を目にすると、真っ先に飛び込んで抱き寄せた。戻ったばかりの燐さんは困惑するばかり。



「本当に、本当に、心配したんだから。でも良かった。良かったよ、戻ってきて。良かった。ありがとう、おかえり……!!」


「無事に再開できてよかったを」


「ああ」



 Barハリカルナッソスのデュオニソス。BARの入っているビルの屋上に設置された小さな都会の神社。秋田谷神宮分社。御札に封じた魂をそこで開放した。秋田谷神宮総本殿ほどではないが、恩恵を受けながら神宮産の御札を使用できる唯一の場所だ。



「わたし、私は……」


「行方不明になっていたのよ、燐。ねえ、覚えてる?」


「行方不明……? ええと、確か私は……」



 鈴お姉ちゃんから水を渡され、ペットボトルを傾けて中身を飲んだ。



「思い出した……わたし、自殺しようとしてたんだ。なんだか最近、急に涙が出るようになって、生きていくのが辛くなって、死んでしまいたいって思うようになって、それで、それで」


「うん、うん。辛かったね。もう大丈夫。大丈夫だから」


「……どこか人目のつかないところを探していたら……きつね。そうだ、キツネに出会ったんだ。そのきつねについて行って、山で何か大きなモノに襲われたような、でも、とても安らいだような」


「安らいだ?」


「うん。神様がもう頑張らなくていいよって許してくれたような感じがしたの。安心というか、心地いいというか……ね。よくわからないけど」


「そっか」



 鈴お姉ちゃんは燐をまた強く抱きしめる。



「今度はお姉ちゃんが燐の安心になれたらいいな。生きていくのはたしかに大変だけど、私は燐が隣りにいてほしいって思う」


「お姉ちゃん……」


「うん。少しずつだけど、頑張ろう」


「うん」



 姉と妹はしばらくそのままであった。僕らも声をかけずにそのままであった。人生の再スタートを決意して、踏み出したばかりの二人がそこにはいたのだから。




 ※ ※ ※




「狐? うん、多分狐だったと思うけど。でも確かに白銀というか、白い狐だったよ」



 花畔燐と鈴とはその証言をもらってから別れた。彼女たちには少しまだ気になることがあったが、まあ、その件はまた別の機会になんとかなるでしょう、とそう考えて別れた。超能力関係は嫌でも僕らの方に回ってくる案件だからね。



「とりあえずお疲れ」


「お疲れーい! 乾杯! KP!」



 BARの開店にはまだ早く、しかし喫茶店としての時間は終わってしまった中途半端な時間であったため、庵原と二人で近くの自動販売機で微糖の缶コーヒーをそれぞれ買って乾杯していた。話題は自然と花畔姉妹と秋田谷の話になる。



「それにしても白い狐とは……ひかりんが白髪だったっていう久遠氏の話とつながるのですかな?」


「ああ、同じことを考えていた。白髪だからそれこそ狼かと考えていたが、たぶん狐の方で間違いないだろうな。オオカミ様も本殿に狐が出ているから退治するようにって、良くないことが起こるかもしれないからと仰っていたし。そうだな、最後に秋田谷を見たとき

、あのツインテールに耳が生えていたような気がする。もしもあれが狐なら人を化かすのが仕事のようなもの。花畔燐を山へ誘い、大神様のところへと誘導したのは秋田谷が狐になっているとするならば、それは間違いなく本人だろうよ。しかし、神隠しを行う化け狐とは、困ったな。秋田谷本人さえ神隠しに遭っているようなものだというのに」


「ひかりんは本当に神隠しに遭っているんだを?」


「本人が言うんだ。私はこれから神隠しに遭うんだって。消える前の最後の一言にしちゃ、意味深すぎるだろう神様の証言もある。間違いない。妖懸しの狐だよ」



 珈琲を一口ぐいっと飲んで間を作る。



「白狐……その正体のほうが気になるよ。ビャッコと読むなら中国四神伝説の一つ。東の青龍、南の朱雀、北の玄武に続く西の白虎が連想できる。基本的に狐だけど、オオカミ、つまり狼でも神様でもあり、白虎、虎でもあるとなるとめちゃくちゃにチカラが集まりすぎている。タダの化け狐でしたってのが一番楽なんなだけどなぁ」


「狐って……久遠氏昔苦戦してなかった?」


「……そうだった。あれは九尾の化け狐一歩手前だったか。いやあ、うーん、ほんとだ。庵原の言うとおり苦手だよ、狐。妖狐は尾が増えるほど嫌な記憶が増えてる気がする」



 妖狐。狐は昔話でも伝説でも人を化かして馬鹿にしている歴史がある。時にはその強大すぎる力を持って災厄をもたらしたり、逆にお稲荷さんなどと慕われたりしている。悪役というよりはトリックスターのような扱いがふさわしいか。化ける対象として灯籠、男、女、馬、猫、家屋、汽車など本当に何にでも化ける。



 振興としてはオオカミと共に田畑、稲作の害獣を駆除してくれる益獣として重宝されている歴史があり、そこから転じたのかわからないが、お稲荷様として崇められ、現在でも油揚げをお供えする、狐の像を作りお供物と共にお祈りするなど、続いている振興があるほど。



 妖怪としての側面を持つときは、大抵尾が複数に分かれており、その最たる有名物が九尾の狐である。七尾ぐらいの九尾手前のやつとやりあったときは本当に大変だった覚えがある。今では妖刀の一部と吸収しているので、今の妖刀の強さはあの妖狐のおかげと言っても過言ではない。ちなみに、日本では『玉藻の前』という伝説上の人物か九尾の化けた姿として現れた逸話がある。名前はなかなか有名なんじゃないかな? 玉藻の前の伝説は書物で言えば神前鏡、枕草子、能の殺生石などがある。


「ひかりんのことどうする?」


「そうだな……」



 また缶コーヒーをぐいっと飲み、飲み干してから隣の缶専用の丸い穴が空いたゴミ箱に放り投げて言った。



「バイトしながら考える。今はとりあえず開店準備手伝わなきゃ」



 秋田谷がいなくなってから、バイトは自分と庵原の二人が務めていた。マスターは変わらずにずっと続けてくれている。三人で店を守らないと。そういう意識で、今は労働に精を出しつつ、秋田谷を救い出す作戦をなんとか考えつかないかと、必死になっている自分がいた。





 

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