3-3 輝く赤い木々の隙間を吹き抜ける風

 

「登る……登るお……森の中を……。まるでトト○の森みたいな森お……」


「そこまで鬱蒼としてないぞ。木々の隙間からは日光が差し込んでるじゃないか」


「もーりーのなーかに、昔から住んでるー」


「……歌は熊よけになるからいいけど」


「森といえば久遠氏。モ○ゾーとキッ○ロっていたの覚えてる?」


「どうした急に」


「いやなんとなく」


「愛地球博か」


「そうそれ〜」


「…………」


「…………」


「すまないな、適当な会話で」


「い、いえ。ええと、ほら、楽しくて私も緊張ほぐれますし?」


「そうか。それならいいが………ええと、分かれ道だ。これはどっち?」


「こっちです」


「ありがとう。先を急ごう」


「はい」



 

 整備された登山道を、他愛も無い話をしながら僕らは歩いていた。なんてことのない散歩道。祠まではすぐだった。



「これか。これが、その祠か」



 先程の狼のものとは違い、大きく立派だ。ふもとのものが十五センチぐらいの高さだとしたら、これは三十センチ以上はあるだろう。扉は固くしまっていて、中を見ることはかなわない。恐らく扉の向こうにあるだろう狼の像を見ることはできない。近くにお賽銭だろうか小銭が散らばっていた。賽銭箱のようなものはないので参拝者が投げたものだろうか。



 僕たちは前の参拝者たちにならい、全員で小銭を投げてお参りする。ちなみに賽銭の賽には神からの祝福に感謝して祭るという意味があり、お金が投げられる前はお米などの御捻おひねりが投げられていた歴史がある。賽と祭でサイという音を掛けているのだ。



「さてと……じゃあ、開けるぞ」



 お参りを終えると僕はおもむろに祠の扉に手をかけた。中には案の定、狼の像が安置されていた。これもふもとのモノより大きい。



 僕は妖刀、蹂弐合体剣《じゅうにひとえがったいけん》を抜刀。刃先をオオカミの像に向ける。



「さあ、出てこいよ神様。オオカミを化身とせし神様よ」



 次の刹那だった。気配を感じて後ろへ下がったときには祠の背後から巨大な霊気が現れていた。その姿は頭が三つあるオオカミの化け物で、牙が荒々しく剥き出て息を吐き出している。全身の毛を逆立つようにさせて白銀の美しいがままにしている。二つの口から荒息をこぼしてこちらへ威嚇しながら、真ん中の頭で話し始めた。



「随分と物騒なもの持っているじゃナイカ、人間。それは秋田谷の刀じゃあナイノカ?」


「流石は大神様。博識でいらっしゃる」


「では、貴様。何故に我へとその刃を向けるノダ?」


「ヒトを返してもらいたい。そちらの世界に迷い込んでいるオナゴはおらぬだろうか」


「ヒト? 迷い人ダト?」


「名を燐と言う。窒素元素の一つ、リンと同じ漢字一文字。墓地に見られる青白い炎を意味する燐火と同じ漢字だ。ここにいる鈴の妹に当たる」


「知らぬ。存ぜぬ。知っていても教えヌ」



 グオオオオオ。



 オオカミはそう言うと一つ大きく吠えた。身の毛がよだつような、巨大な叫びだった。口がめいいっぱい開かれた威厳と警告を意味する叫び。



「久遠さん……!」



 鈴さんにははっきりとその姿は見えていないだろう。ぼんやりと存在が輪郭だけわかる程度。相方の庵原なら多少は慣れで見えるだろうか。それでも妖刀を手にしている以上に姿を視認することはできない。二人は困惑しているに違いない。



「今オオカミ様が目の前に顕現されている。簡単に言うと眼の前に現れている。風の音のように聞こえないか。何か聞こえる音は神様の言葉だ。僕は妖刀を持っているから姿を完全に見ることができる。鈴さんは妹さんの名前を呼んで。まだ魂を咀嚼されていないなら、そこに浮遊するカケラが見えるかもしれない」



 グオオオオオ。




 二人には巨大な風の音のようにしか聞こえないだろう。庵原は叫びに聞こえているかもしれないが、それでも完全じゃない。後ろを見て庵原に頷きだけで、合図するのが精一杯。すると、そこにオオカミの前足の一撃が放たれ、すかさず刀で迎え撃つ。ぎりぎりとチカラにチカラで対抗。蹂弐合体剣はその名の通り、十二本の刀でできた一本の妖刀だ。全体で対抗しながら一本短刀を取り外し、隙きを見て頭へ投げる。



 刺さった。



 グオオオオオ。



 今度は悲鳴のような叫びが響き渡る。鈴さんは必死に妹の名前を呼んでいる。



 途端、その背後から青白い炎が、燐火が見えた。よかった。魂はまだ食われていない。大丈夫。行ける。



「庵原!」


「合点承知!!!」



 庵原はリュックサックから取り出した閃す光玉を投げた。これは神や妖怪にのみ効くグッズを日々の研究の中で作り上げた数々の代物の中の一つ。まあ、秋田谷神宮の御札を元に殆どが作られているんだけどね。



 グオオオオオ。



 まばゆい光があたりを照らすーー。



 

 庵原の放った閃光玉はオオカミ様の目の前で弾け、光を放って目くらましとなった。相手の視界がくらついているときに妖刀で縦に一切り。神の額に傷が刻みこまれた。

 

「鈴さん! 呼んで!」


「燐!!! 帰ってきて!!!!」



 燐火が反応した。ふわふわと正面へと躍り出てくる。よし、言葉に反応しているならまだ大丈夫。人の魂を維持している。



「庵原頼むぞ」


「あいや、任された!」



 妖刀を空中で分解。もう一本の短刀を投げて左の顔に刺突。刀を投げてそこへ瞬間移動。刺突、移動、刺突、移動、刺突、移動、刺突、移動、斬撃ーー、一閃!!



 左右の顔へダメージを与えながら最後に正面の頭に一撃を加えた。神に攻撃を仕掛けてダメージを与えている最中、庵原は秋田谷特製の御札を取り出して燐火、つまり鬼火のような狐火のような中に浮かぶ青白い炎に使用した。魂が現世から常世へと渡る際に姿を変えた燐火は、吸い込まれるように御札に吸収されていなくなった。



「久遠氏!!」


「了解。よくやった」



 合図を聞いた僕は、すべての妖刀を回収して再び一本に戻し、オオカミ様と一定の距離を取って様子を窺う。相手は神様というか3つ頭のオオカミだからケルベロスに近いんじゃないかと戦っていて思った。



「燐の魂は返してもらいました」


「ぐぬう……人間。……やるな、やりおるな」



 荒い鼻息をひとつ吐き出して、オオカミ様は続けた。



「その魂は自害しようとしていたモノ。いらぬのなら食ってやろうと思っていたところだったノダ。しかし、そこまでして求めるというのならば、その魂に然と話せ。そなたらが必要としていることを話し、聞かせるがヨカロウ」



 その言葉に感謝を示すため、刀を地に突き立てて深く一礼をする。庵原と鈴さんも続く。



「秋田谷の刀を所持するものよ」



 これで終わりかと思ったらオオカミ様が話しかけてきた。



「近頃、秋田谷神宮総本殿にて銀狐が出ているとの噂がある。白銀の姿からオオカミではないかと言われもしたが、あれは銀狐。キツネだ」


「……秋田谷? キツネ?」


「さよう。妖刀のチカラを持つものよ。そのチカラを持ってしてキツネを成敗せい。あれは放置すると良くないことが蔓延するに違いない」


「良くないこと? 良くないこととは?」


「自分の目で確かめい。久々に楽しかったぞ。さらばだ……」


「オオカミ様!」



 そう言葉を残すと、その巨大な姿は霊気のように、さながら煙のように姿を消していった。


 

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