3-2 なにか聴いてなにか言って僕は

 花畔ばんなぐろりん。彼女はすず、と呼ばれることのほうが多いらしい。なぜなら妹の名前もりんだから。普段は『すずおねえちゃん』『妹のりんちゃん』で鈴と燐を区別していたそうだ。



 そんな彼女の妹が一週間前から行方不明だ。妹は友達の家に遊びに行くと家を出たっきり行方がわからない。友達の家にはその日、遊びには来ていなかったという。つまり、家を出て友達の家に行くまでの間に行方不明になったということになる。両親は警察へ通報。警察は事件と事故の両方で捜査しているというが、まるで成果なし。手がかりも、痕跡も、目撃情報もなし。そんな状況下で、姉の鈴は『神隠し』に遭ったのだと、そう言い始めた。周囲には一切信用してもらえなかったが。



「誰も話を聞いてくれないんです。私が寂しさのあまり気が動転しておかしなことを言い始めたんだって決めつけて。でも本当なんです。燐は神隠しに出逢ってしまったんです。本当なんです……」


「わかった。わかったよ、落ち着いて。まずは話してくれてありがとう。基本的に僕らは君の話を信じているから安心して。君があの掲示板の張り紙を見て連絡してくれたことが何よりの証拠だ。あれは誰にでも見えるものじゃない。特別な人にしか見ることができない特別な張り紙だ」



 Bar『ハリカルナッソスのデュオニソス』には俺と庵原、依頼人の花畔さんがバーのカウンターに三人横並びで座っていた。



 俺は彼女に出されたオレンジジュースを一口飲むように勧める。人は何か気分を落ち着けるのに飲み物を飲むと落ち着くらしいからね。



「じゃあ、まずその神隠しから。なぜ妹さんが神隠しに出逢ってしまったって、そう思うんだい?」


「はい。狐の石像、わかりますか? 神様の使いってことで全国的にある、あのお稲荷様です。それの狼のやつが家の裏山に向かっていく山道にあるんです。狼の石像。私は時々お花をお備えに行くんですけど、燐がいなくなってから見に行ったら狼様が荒らされていて、それですごく嫌な感じがしたんです。裏山には一本道の山道を通っていくと祠があるそうなんです。祠には神様が祀られているんだって。だから、きっと燐は狼に連れ去られて、神様に連れ去られてしまったんです」



「狼、オオカミ……山道に参道か……」



 俺はメモ帳を取り出して白紙の見開きに狼、オオカミ、山道、参道、と書いた。



「鈴さん……ええとすずの方の鈴さん」


すずで構いません」


「では、鈴さん。あなた自身はどうですか? 何か変わったこととなかったですか」


「変わったこと……?」


「たとえば、超能力のようなモノが使えるようになったとか。未来予知、透視能力、テレパシーとか、何でも構いません。何か人にはできないような、不可思議な現象に出逢ったり、起きたりはしていませんか」


「いえ、私はそういうのはないと……思います。超能力? がないとだめですか?」


「ああ、いえいえ。決してそういうわけでは。確認です確認」


「でもそうなると、どうして僕らに辿り着いたのかがわからなくなるを」


「そうだな。僕らは超能力、超能力者になってしまった人が相談に来るケースが殆どだ。もしかしたら自覚はないけれども、何かしら目覚めてしまっているかもしれない。既に超能力者になってしまっているのかもしれない」


「私が、ですか?」


「うん。それも含めて確かめる必要があるな。現地に行きたいんだけど、祠ってどこにあるんだい?」


「三角山です」


「三角山か。今僕らのいる街の中心部からは西の方だね。うん、三角山に祠があるという話は僕も聞いたことがない。明日にでも道案内頼めるかい?」


「はい。よろしくおねがいします」






 


 ※ ※ ※

 







 三角山、山道入口。



 俺は刀を背に、庵原は数珠と御札を手に、少女は不安な面持ちをあらわにして集合した。



「それじゃあ、行こうか」


「はい」



 三角山は標高311メートルと、誰でも気軽に登山を楽しめる山だ。総神殿、大神宮のある円山とは異なり、手ぶらで登って数時間で帰ってこれるほどに登山には気楽な山。そのぶん地域に根ざして親交も深くあり、近所であればあるほどとても身近な山だと言える。一市民としても、聞き馴染みのある山だなぁという感じ。



「あ、見てください。あれです」



 道なりに道を歩くことしばし。道に小さな屋根のついたほこらのようなものが見えた。そこが普遍的な日本の小道であればお地蔵様が祀られている『お堂』ということになるのだろうが、しかし場所は北の大地の政令指定都市。西に位置する三角山。安置されていたのはお地蔵様ではなく『狼』であった。



「おお。本当ですな、狼ですな」


「ああ、間違いなく狼だ」



 しかしそこは整然とはしておらず、お供物はひっくり返され、小皿に乗っていたであろうお供物は紛失し、花が散乱して散々な状態になっている。



「今日も……また……やっぱり良くないことが起きてるんでしょうか」


「わからない。ヒトか獣の仕業のどちらか、これでは判別つかないからね。野生動物の仕業ならやむを得ないと、片付けるだけだけど……どうだろう。難しいな」



 「ちょっといいかい?」と断りを入れて、僕は彼女が片付けたその祠に手を合わせる。そして狼の銅像に触れた。



「ちょ、久遠氏!」


「大丈夫。ことわりをきちんと入れたから、許してくれるよ。それより、これ見て」


「お?」



 銅像の裏側。部位で言えば尻尾の部分。そこにしっかりと一本の傷が付いている。何か鋭利な刃物で刻んだような、彫刻刀で切りつけたかのような、そんな傷。それは明らかにニ人為的なものだった。



「ひどい……誰がこんなことを」


「さあね。でも神様の怒りに触れたのは間違いないだろうさ」


「神様?」


「狼はカタカナで表すと4文字。オオカミって書くだろう。大きい神様で大神。同音異義語だけど、それだけに意味は深い。こうして祀られている以上、信仰のある神様だと考えるのが自然だよ」


「神様……そしたらやっぱり神隠しに……!!」


「うん。鈴の予想はあながち的外れではなかったみたいだね。妹さんを攫ったその理由は定かじゃないけど、神様の怒りに触れてしまっという事実はこうして分かった。何が起きていてもおかしくないよ」



 僕らはそれから森の中へと入っていった。山を覆っている森は神域である。狼が神様だとするならば、その住処である山は神域。山そのものすら御神体とされているかもしれない。神の怒りに触れている今、この行為そのものが危ういだろう。しかし、神隠しは現世から常世へと神の手によって連れて行かれてしまう事象のこと。神域に踏み込まなければ、相手の土俵に立つことすら出来ない。



 何が起きているか確かめに三人は足を進めた。

 

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