第参話 オオカミ様と神隠し

3-1 鏡みたいに写る僕らの心細さも全部抱えて

 秋田谷神宮は札幌から内地へ向けて新幹線で五つ先の駅から徒歩十分のところにある。



 そこは新幹線停車駅というだけあり、中々栄えている町並みが広がる。駅前広場を過ぎ、メインストリート道沿いに歩いて、ガラス張りのビルが見えたところで左へ曲がるとそこが表参道になる。



「久しぶりだな……」



 秋田谷神宮に来るのは三年ぶりだった。三年前はそれこそ秋田谷の親父さんの法事の時以来だ。



 本殿に参上。



 五円玉を投げて参拝。



 二礼二拍手一礼。




 さてと……。



 俺は参拝をそこそこに早々と終わらせ、本殿裏側へと足を向けた。そこは人気ヒトケのない裏庭。木製の柱と木の板でできた本殿が左手に。右手その奥には笹薮が鬱蒼と行く手を阻む様にして広がっている。そして何よりこの御神木。巨大な松の木が目の前に鎮座している。



 何かあればいつもこの木のところへ来ていた。何もなくてもいつもこの木に来ていた。この神社の御神木なだけあって、霊的強さ神的強さは尋常じゃない。そこら辺のやわな妖懸しや妖怪程度ではすぐに養分に吸収されてしまう。妖刀に近い能力といえばそうだが、しかし俺が手にしているこの妖刀とは全くもって異なるのは、火を見るより明らかで歴然たるものだ。



 僕は確かめたかった。そのためにここに来た。



 さながら剣道部のような弓道部のような出で立ちでずっと背負ってきた妖刀を取り出し、確認する。



 妖刀が震えている。




 間違いない。本殿そのものの神的強さ以外に妖懸しが存在している。この妖刀はそういった異なるモノに反応するのだ。それは御神木とは関係ない。いや、無関係ではないが、御神木に反応しているわけではないということがここでは言いたい。そうではない。それならもっと、この刀自体が光るような反応を、それこそ呼応するかのように反応するはずなのだ。



 震える刀を抑えつつ、しばし様子を窺う。



 目線を逸して、また御神木の方へ。



 するとそこには先程まで何もいなかったのに誰かいるではないか。御神木を背によりかかるようにして、ぐったりとしているように見える。銀色に光る白髪が特徴のその人に警戒しながら、近づいてわかるそのツインテールと顔立ちはーー秋田谷か?



「秋田谷、秋田谷か」


「あら、こんなところに珍しい。何してるのよ久遠悠」


「何ってそれはこっちの……いや、いいや。それよりどうした、その姿は。狐にでも化かされたか?」


「ああ、これ。この髪ね。そう、少し前からなのよ」


「少し前?」


「こんなところあんたに見られるなんて、予定外。まあ、でもいいか久遠悠なら。そう、多分だけど私これから神隠しに遭うと思うんだ」


「神隠し?」


「そう。ほら見て」



 秋田谷はそう言うと、口に指を入れて口端を引っ張り、自分の歯が見えるようにした。その歯は明らかに人間のものではなく、どちらかといえばオオカミに近いような、歯というより牙だった。



「もう人間じゃないのよ」


「秋田谷……」



 何が何だかさっぱりだった。どういう訳だか説明してほしかった。妖刀は、秋田谷から引き継いだこの妖刀は明らかに彼女に対して反応している。それは彼女が妖懸しに懸かっているという証拠であり、有り体に言えば彼女が超能力者になったということを示している。



「説明してほしいって顔してるわね。でも、それは長くなるからできそうにないかな。……あっ、そろそろかな。それじゃあね」



 そう言うと、秋田谷の姿は見えなくなっていった。まるで透明人間になったかのように、瞬間移動したかのようにすっと姿が消えてしまったのだった。






 ※ ※ ※







 それから秋田谷とは連絡が取れなくなってしまった。あの休みの日以来、神宮には足を運んでいない。今日もハリカルで庵原と呑んでいるが、バイトにはもちろん彼女の姿はない。



「ひかりん……どうしちゃったんだお…………」


「うん。流石に心配だな。どうしようかな、もう一度足を運んでみるかな」


「お? 神宮にか、お?」


「ああ。小遣いがきついから躊躇していたんだけど、マスターに言ってバイト代前借り出来ないか頼んで見る。お金がないとか、そんなこと言ってられる場合ではないからな。それにーー」


「何か気になることでも?」


「うん。あのときの秋田谷の髪の色は白髪だった。美しい銀の色だ。髪の色が変化するのは妖懸しのよくある現象の一つではあるが、殊更白髪、銀色となるとそれは獣関連が多いだろう」


「けもの?」


「ああ。わかりやすいので言えば狼とか。見た感じそのままだろう? シルバー・フォングって」


「なるほど」


「オオカミは大きい神で大神と書くこともある程だから、神様としての素養はバッチリだ。地域によってはオオカミの信仰だってもちろんある。神隠しに遭うかもしれないという彼女の言葉を信じるなら、一番可能性があるのがオオカミを代表とする獣類だろう。あとは……」



 一口酒を口に含むようにして飲んでから続けた。



「白銀、プラチナ、銀色で言うと、白熊、白鳥、白梟……ああ、フクロウな。フクロウが神様扱いされてるのは、それこそアイヌ文化という身近な存在があるから、道民にはわかりやすいかもな。やはり神様関連で言うならば、獣類がわかりやすいだろうな。安直に狐に化かされた、って筋もないわけではないだろうけど」



 本人が神隠しだというのならば、きっと妖懸しとして乗りうつっているのは神様だと考えるのが自然。白銀の神様筆頭はオオカミ、フクロウ、シロクマとかになるが、果たして。



「場所も場所だしなぁ」


「秋田谷神宮に何か問題でも?」


「いや、問題というより厄介かな。秋田谷神宮は知ってのとおり、巨大な松の木を御神木としている由緒正しき神宮だ。御神木には注連縄しめなわがぐるりと一周巻かれており、それは現世と常世の境目、簡単に言えば死後の世界との境目を示している。だからパワースポットとしてのあの大社はすごいものがあるし、あの御神木に触れるだけで相当な影響を人にもたらす力が眠っている。秋田谷はそんな神宮の一人娘。大社そのものとの関連もえにしも深い。神隠しは文字通り、神様の仕業による神域である常世、死後の世界へ連れ去られることを意味する。あの御神木に寄りかかっていて、その後姿が消えたところからすると、おおよそその通りで間違いない。御神木を境目としてに行っちまったと考えるのが筋通っている。そうなると本当に厄介だ。人の手ではなかなかたどり着けない場所だからな。手が届かないし、出にくい」



 もう一度神宮へ向かうとしても、無策で行っては無駄足に終わるだけ。何か考えないと。



「久遠氏? そんなときに言いにくいんだけどお……」


「なんだ? 依頼か?」


「そうだお。今回は花畔ばんなぐろさんという方からだお。依頼内容は神隠し」



 神隠し? なんともタイムリーな。



「わかった。受けよう。何か秋田谷への手がかりになるかもしれない。急がば回れ、だ」


「わかったお。連絡して見る」


「よろしく」



 



 

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