第肆話 透明人間騒動と白銀の妖狐

4-1 嘘でもいいから答をほしがって

 透明人間と聞いて、さて人は何を想像するだろうか。



 誰にも見えない人間。楽しいことできそう? あんなことや、こんなこと。誰も見てないからこそできる、誰かが見ているとできないようなことができる?



 しかし現実は違う。逆だ。誰にも気づかれない、誰にも存在を認識してもらえない、わからない、怖がられる。生きているのに死んだような気分。そう。どちらかといえば透明人間というより幽霊に近い。彼はそう言う。



 透明な人間ということはそこにいるにも関わらず、それを見ることは叶わず、向こう側の景色が直接見える現象が起きていることになる。光が屈折して歪んで見えるようなことはない。体も。周囲の景色も。



 彼ーー彼は依頼人としてきているのだが、自分で男だと名乗っているので現在のところこの透明人間は仮称男としているーーがアイスコーヒーを飲むと、体は透明だから、透き通るかと思いきやそこにアイスコーヒーは見えない。どうやらアイスコーヒーも体内に入れば透明になってしまうようだ。もちろんそこに光の不可思議な屈折や歪みはない。血液も見えない。しかし人間としての構造は変わっていないらしく、心臓も動いているのを確認できるのだという。だから死んではいない。生きている。彼は透明人間という超能力者になったのだ。



「超能力者、ですか」


「そうです」



 近くにあった喫茶店には、自分と庵原が隣同士、そして向かいに依頼人の透明人間である関口さんが3人テーブルを囲んでいる。向かいは飲み物が時折減少していく謎の液体が置いてあるように見える奇妙な席だが。



 僕は、ノートの隅に「妖懸し」と書いて見せる。



「僕らは現代の妖怪、妖懸しに出遭った人が専門です。出遭ったひとは普通の人間にはできないことができるようになります。例えば火を手のひらに自在に出せるとか、誰かを呪い不幸にしてしまうとか。ものを宙に浮かせるとか、物体手を使わずに動かす、破壊する、一瞬の間に人間の体が移動する瞬間移動なんてのもいいかもしれません。何でも構いませんが、しかしそれらはすべて現代の妖怪、妖懸しの仕業なのです。だから、関口さん。あなたの透明人間という超能力も、妖懸しの仕業ですし、あなたは超能力者になったと、僕らの定義ではそのように言います」


「超能力者、ですか……そうですか……」


「ええ。超能力者です」


「お。すごいお、これ。よく見えるお」


「そうかサーモグラフィーは正常に作動しているようだな」



 不可思議な透明化現象である透明人間だが、しかしこれは温度を消すことまではできない。だからサーモグラフィーを使えば温度の変化により、そこに人型の周囲の温度より高い影がクッキリと確認できる。これは透明人間が透明人間であるという何よりの証明になるし、そこに存在して生きているという証にもなる。



「……ありがとうございます、それは、とても嬉しい。この姿になって初めて人に認められた。嬉しいです。ありがとうございます……」


「……泣いているのですか」


「ええ。透明で見ることはできないと思いますが」



 彼の発した言葉はきちんときこえる。しかし口元が動いて見えることはない。涙も見ることができない。顔を動かしてあれこれ仕草をしても、その影すらわからず、境界面は全く持ってみることができなかった。それに彼は帽子もメガネもしていない。マスクもしていないので余計にわかりにくい状態であった。洋服は着ているというが、それすらも透明人間の能力は透明化してしまっている。全く見えない。ならマスクもメガネも帽子も無意味か。



「それで、関口さん。あなたはその透明状態から普通の人間に戻りたい。そう言うご希望で間違いないですね?」


「はい。もうこんな姿での生活はこりごりです。どうか、よろしくお願いします」



 多分一礼しているのだろうが、しかし何も見えない。おじぎをしているかどうか確認しようとサーモグラフィーを覗いた。



 お辞儀をしていた。



「……ええと、わかりました関口さん。僕らがチカラになります。こちらこそよろしくお願いします」



 こうして僕らは透明人間という不可思議と対峙することになった。




 ※ ※ ※






 さてはて、それではなぜ透明人間などという怪奇現象を今回引き受けることになったのかというと、それはこの透明人間現象は白い狐、妖狐によるものであるからである。つまりこの地域に存在する狐、白髪のツインテール少女、秋田谷によるものである可能性が高いからであった。

 


 目下、白狐の妖狐を探し出し、秋田谷を救出することが最大の目標である僕らにとって、狐の仕業による超能力なんていうのは願っても見ない大事件であった。然して、なぜ透明人間が狐の仕業だとわかったのかというと、それは現場に透明人間がいたからである。



 ここで言う現場とは秋田谷神宮総本殿のことであり、僕と庵原は花畔姉妹事件の後、意を決して秋田谷が消えた現場へと足を運んでいたのである。しかし訪れた総本殿で起きていたことといえば、なんとも不可思議な現象の数々だというではないか。


  

 ものが空中に浮く。「私は人間です」と書いたメモ帳の切れ端が宙に浮く。ものが勝手に動き出す。見えない誰かがそこにいるかのようである。言葉が聞こえる。幻聴が聞こえ、話しかけてくる。



 これらの情報を表参道のとおりに立ち並ぶ店の数々から聞き、気味が悪いからなんとかしてほしいと、秋田谷の娘さんも行方不明で、尚の事心配になると、そう頼まれたのだった。



「透明人間さん……ですか?」



 ベンチに「私は人間です。狐に化かされました」と書かれたメモ帳の切れ端が置いてある近くに行き、そう尋ね、最寄りの喫茶店で話を聞こうと現在に至る。



「まず、狐に化かされたと聞きましたが、具体的にはどのようなことがあったのですか?」


「はい。私は新宮に参拝していたのですが、そのときに視界の隅で動くを見たので追ってみると、初めはくじゃくがいたのかと思いました」


「くじゃく?」


「はい。結果としてそれは無数のしっぽでした。広がっているのがくじゃくのように見えたのですね、すみません。狐だとわかったのはその動物がこちらを振り返って見たときです。無数の尾が広がるようにして背後に広がり、狐独特の細い顔とヒゲとあの顔立ちですかね、それが見えたんです」


「それで?」


「狐は鳴きました。こーん、こーんって。鳴いたあとに光ったんです。どの部位が光ったのかまではわかりません。きちんと見ることができなかったですから。まあ、それで光って眩しさに顔を手で覆って、気がついたら自分の姿が透明になっていました。それからは近くの商店の人たちに自分のことを説明しようと必死になるも、怖がられて。落ち込んでベンチに座っているときに、あなたがたに声を掛けていただいた、というわけです」


「なるほど、なるほどね」



 僕は、メモを取りながら、頷く。



「その狐は白い色をしてませんでしたか。顔とか、しっぽとか」


「ああ! そうです。全身が白でした。しっぽも頭も真っ白な狐です。やはり変わった生き物なんですかね?」


「ええ、あなたが出会ったのは白い狐と書いて白狐です。妖かしの狐、妖狐の一種で同音異義語に白い虎で白虎という意味も持ち合わせます。朱雀、青龍、玄武、白虎。聞いたことないです?」


「ああ、中国の」


「そうです。さらには九尾の要素も持ち合わせているかもしれません。和名だと玉藻の前と言うんですが……」


「九尾? あれ、あの、少年ジャンプで出てくるーー」


「元ネタは同じです」


「影分身の術とか螺旋○とかですな!」


「庵原はおだまり」



 ナ○トは全世代共通なのか。いや、これで関口さんの世代がある程度推測できたりーー?



「いや、しかしあの尾の数は仇本なんてものじゃなかったですよ。もっと数十本はあったんじゃないかと」



 なに? それは本当ですか?



 

 


 



 

 

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