3月24日 愛の偏り


 野花たちの勢力争いが熾烈になりつつある。アスファルトの裂け目や縁石ブロックの隙間に、わずかな土を取り合うようにみちみちと生えている植物たち。こっちはスミレ、あっちはホトケノザ。仲良く隙間を分け合っているものたちもあるが、たいていは1種類の花が1区画を占領している。


「アスファルトに咲く花」と表現すると、過酷な環境でも健気にたくましく生きていく可憐な命……という印象を与えるが、実のところ、アスファルトの隙間はそう過酷でもないらしい。

 場所争いをするライバルも少ない(全くいないわけではない)上に、水という水、養分という養分が流れ込んでくる。一度根を貼ってしまえば、たいへん快適なのだとか。植物に直接聞いたわけではないので、本当かどうかは分からない。ただ、たしかにアスファルトの隙間に生きる植物たちは、妙に生き生きして見える。


 さて、春の花々が、アスファルトの隙間という快適ゾーンを巡る争いに励んでいる中、少し外れた場所にコマツヨイグサが咲いているのを見付けた。

 コマツヨイグサがこの時期に咲いているのは珍しい。私はこのコマツヨイグサという植物を見ると、ついついにっこり笑顔になって、寄って行ってしゃがんでしまう。コマツヨイグサは、私の大好きな虫、セスジスズメの食草なのだ。



 セスジスズメというのは、大型の蛾だ。成虫は格好良く、幼虫は可愛らしいという、およそ非の打ちどころのない昆虫である。セスジスズメの幼虫が出てくるのはもっと暖かくなってからなので、今の時期のコマツヨイグサを探しても、セスジスズメが見つかるわけもない。(ちなみにセスジスズメは蛹で越冬するので、この時期の葉に卵がついていることもない)

 それでも、ほとんど反射といっていいが、私はコマツヨイグサを見付けると笑顔になってしまう。


 コマツヨイグサは「小さいマツヨイグサ」であり、マツヨイグサとは「待つ宵草」だ。夜に咲く花なのである。夜に咲く花は匂いが強い傾向にあるが、コマツヨイグサも例外ではない。夜が訪れると急速に開花し、たいへん良い芳香を振り撒く。

 一時、訳あって部屋の一角にコマツヨイグサを生けていたのだが、風呂に入っている間につぼみが開いて、部屋中がコマツヨイグサの香りになっていたこともあった。


 ところがこのコマツヨイグサは、昔から日本にいるような雅な名前をしているくせに、なんと要注意外来種である。在来種との競合や遺伝的混合が懸念されることから、駆除が推奨されているらしい。


 それは一体どういうことかと言うと、つまり、セスジスズメちゃんに食べさせるためになんぼでも引っこ抜いて構わないということだ。



 ツマグロヒョウモンの時は「世界中に拡散しても良いのに」などと書いておいて、どの口が(手が)言うか(書くか)という話ではあるが、要注意外来種をはびこらせるわけにはいかないよね、うん。と私はわざとらしくうなずいてみせる。


 以前にも書いたが、私は博愛主義者ではない。

 ツマグロヒョウモンは、北上しない方が良いんだろうけど、でも色んなところで増えてくれるのは嬉しい。コマツヨイグサは、駆除が推奨されているなら引っこ抜いて、セスジスズメちゃんにあげちゃお! ……この態度の差も、ひとえにツマグロヒョウモンとコマツヨイグサに対する愛の偏りのせいである。コマツヨイグサ派の方がいたらたいへん申し訳ないが、いち個人の好みの問題だと思って見逃してほしい。


 夏になると私は、可愛いセスジスズメちゃんのご飯として、生えたばかりの若くて柔らかくておいしそうなコマツヨイグサを引っこ抜く。セスジスズメの幼虫にコマツヨイグサを与えると、実に美味しそうにもりもり食べる。葉はもちろん茎も、柔らかな花びらを詰め込んだつぼみも、丸ごと食べつくしてしまう。

 そう、要注意外来種として駆除が推奨されている植物を食べてくれるセスジスズメは、格好良く可愛らしいだけではなく、世の中の役にも立っているのだ。


 まあ、セスジスズメも害虫なんだけど。


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