第11話 従姉妹と、スキンシップ


  *


 俺は陽葵の部屋の扉の前で立っていた。部屋の扉をノックする。


「入っていいよ」


「お、おう……」


「ふぅ~……」


 陽葵は小さく息をつく。緊張しているようだ。


「……えっと、それで、なにをすればいいんだ?」


「とりあえず、そこに座ってくれる?」


「おう……」


 俺はベッドの上に腰かける。陽葵もベッドの上に座った。


「あのさ、ちょっと頭を貸して」


「頭?」


 なにをする気だろう?


「うん、お願い。わたしに頭を預けさせて」


「はぁ……」


「いいから、いいから」


 陽葵は俺の頭に手を添えると優しく撫で始めた。


「おい、なにしてんだよ」


「なにって、わたしが蒼生にスキンシップしてるんだよ」


「いや、それはわかるけどさ」


「嫌だったら止めるけど」


「別に……嫌ってわけじゃないけど」


「なら、いいじゃん」


 陽葵は俺の頭を撫で続ける。


「…………」


 俺は黙って受け入れることにした。


「…………」


 陽葵は無言のまま俺の髪を触ったり、手を握ったりする。


「…………」


「…………」


 しばらくの間、沈黙が続く。


「…………なあ、もう満足したか?」


「まだ、だよ」


「マジか……」


「もう少しだけ……」


「…………」


 俺は無言になる。


 ――なんなんだ?


 俺は陽葵の行動に困惑している。


「ねえ、知ってた?」


「なにを?」


「わたし、男の人の部屋に入るのは初めてなんだよ」


「そうなのか」


「うん」


 陽葵はコクリとうなずく。


「…………」


 俺は無言になってしまう。


「わたしね、小さい頃から、ずっと蒼生に憧れていたんだ」


「俺なんか憧れるような人間じゃねえよ」


「そんなことないよ。だって、蒼生は、わたしのヒーローなんだもん」


「ヒーロー?」


「そうだよ」


「そう言われてもな……」


「ねえ、覚えてる?」


「なにを?」


「夏休みに蒼生がやってきたとき、わたしが迷子になったでしょ」


「ああ……」


 もちろん、はっきりと記憶に残っている。


「確か、あれって……親戚同士の旅行の帰り道のことだったよね」


「そう。蒼生は迷子のわたしを助けてくれたんだよ」


「まあ、結果的に、だけどな」


「でも、わたしにとっては、それだけじゃなかったんだよ」


「どういうことだ?」


「だって、わたしは蒼生に助けられたんだから」


「助けられた?」


「うん」


「俺が?」


「そうだよ」


「そんな大げさな……」


「ううん、違うよ。本当に感謝してる。もし、蒼生がいなかったら、今頃、どうなっていたのか、わからないし……」


「…………」


 俺は黙り込んでしまう。


「それに……」


 陽葵は俺の顔をジッと見つめてきた。


「……な、なんだよ?」


 俺は思わずドキッとしてしまう。


「蒼生は、今も、わたしを助けてくれているよね」


「俺が?」


「そうだよ」


「それって、俺が陽葵のニセモノの恋人になっていることか?」


 陽葵は俺の質問には答えずに話を続ける。


「だからね、蒼生は、やっぱり、わたしのヒーローなんだよ」


 陽葵は優しい表情を浮かべる。


「そっか……」


 俺は小さく息をつく。


「でもね、最近は、それだけじゃないような気がするんだ」


「それだけじゃない?」


「そうだよ」


「ほかに、なにかあるって言うのか?」


「うん。……最近になって、気づいたんだけど、わたしって蒼生のことが好きみたいなの」


「えっ?」


「…………友達としてね」


 陽葵は恥ずかしそうに俯く。


「……そっか」


 俺は複雑な気持ちになっていた。


「だから、蒼生。これからも、わたしをよろしくお願いします」


 陽葵は深々と頭を下げてくる。


「ああ……」


 俺は小さく息をつく。


「……こちらこそ、よろしくな。……ところで、陽葵は俺に今、なんのためにスキンシップをしているんだよ?」


「えっ?」


 陽葵はキョトンとした顔を見せる。


「いや、だって、さっきから、ただ俺の頭を撫でたり、手を握り締めたりするだけで、特に意味はないみたいだし……」


 俺は陽葵に疑問を投げかけた。


「ああ、それは……」


 陽葵は再び頬を赤く染める。


「……蒼生の癒やしになればいいなって思って」


「はぁ……」


 俺は首を傾げる。


「ほら、わたしって小さい頃から、いつも誰かに甘えてばかりだったでしょ。だからさ……たまには、こうして、蒼生がわたしに甘えることで、少しでも恩返しができたらいいな、と思って……」


 それに、と、陽葵は付け加えた。


「女性のスキンシップって、男性にとっての癒やしになるっていうから……」


「そういうことだったのか……」


 俺は納得する。


「うん……。ごめんね、変なことをして」


 陽葵は申し訳なさそうな顔をする。


「別に謝ることなんてねえよ。俺は嬉しかったからな……」


「本当?」


「ああ……」


 俺は陽葵に微笑みかける。


「ありがとう……」


 陽葵も俺に笑いかけてくれる。


「おう……」


「…………」


「…………」


 お互いに見つめ合う。


 すると、急に気まずくなった。


「な、なんか、ちょっと照れ臭くなるな……」


 俺は苦笑してしまう。


「だね……」


 陽葵も困ったように笑う。


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。


「あのさ……」


 先に口を開いたのは俺だった。


「なに?」


 陽葵は小首をかしげる。


「これって、今日だけなのか?」


 俺は陽葵に訊いた。


「どうして?」


「いや、なんとなく……」


「ふ~ん……」


 陽葵はジト目で俺を見つめる。


「ダメ……か?」


 俺は陽葵に尋ねる。


「いいよ。蒼生が望むなら、いつでも大丈夫だよ」


 陽葵は笑顔で応えた。


「でも、陽葵の負担にならなければいいけど」


「負担になんて、ならないよ。蒼生が、いつも守ってくれているから、そのお礼だよ。だから毎日したっていいよ!」


「そうか……」


 俺はホッとする。


「ねえ、蒼生」


「うん?」


「蒼生は、わたしのこと、好き?」


「そりゃあ、もちろん……」


「本当に?」


「本当に決まってるじゃないか」


「そうかな……」


 陽葵は不安そうにしている。


「なにが言いたいんだよ?」


「だって、それって友達として、でしょ?」


「まあ、そうだけど……」


「……わたしたちの関係って、なんなんだろうね?」


「俺たちの関係は、いとこだよ」


 俺は、はっきりと言い切る。


「うん……」


 陽葵は少し寂しげにうなずいた。


「なんだよ?」


「ううん、別に……」


「じゃあ、なんだよ?」


「…………」


 俺は陽葵が、なにをしたいのか、わからない。


 なにが彼女のかせになっているのかさえ、俺には、よくわからない。


 そして、俺も俺で、まだ、はっきりと決断することができていない。


 だけど、どこかで、ちゃんとはっきりさせたほうがいいのかもしれない。


「おい、陽葵」


「なに?」


「俺の彼女なんだろ? だったら、もっと自信を持てよ」


「うん……」


「なんだよ、その反応は?」


「だって、わたしは、まだまだ未熟者だから……」


「なに言ってるんだ?」


「蒼生の隣にいるのに相応しい人間になりたいんだもん……」


「相応しいとか、そんなの関係ないよ。陽葵は陽葵のままでいれば、それでいいんだよ」


 俺は優しく語り掛ける。


「でも、わたしは蒼生と釣り合わないよ」


「そんなことはないよ」


「でも……」


「陽葵」


 俺は陽葵の肩を掴む。


「な、なに?」


「俺は陽葵のことを見捨てない。こんなスキンシップだってしなくたっていい。陽葵を守りたいと思った、俺の感情は本物なんだ。だから、無理だけはしないでくれ」


「ありがとう……」


 陽葵は泣き出しそうな顔をしている。


「……でも、さっき言ってたことと矛盾しない?」


「は?」


「スキンシップ、したいんでしょ?」


「えっ、あっ、えっ?」


「これからもスキンシップしてもいいって、ついさっき言ってたじゃん」


「あっ、ああ……うん」


「じゃあ、わたしたちの関係性は決まったね」


「はい?」


「蒼生は学校で、わたしを守る。わたしは部屋で蒼生を癒やす。これでウィンウィンの関係だね」


「はぁ……」


「これからも末永く、よろしくね!」


「ああ、あっ、うん……こちらこそ」


 変なとこで弱くなって、変なとこで強くなる。


 陽葵って不思議な女の子だな。


 そんなふうに俺は思ってしまったのだ。

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