第10話 従姉妹と、ニセモノの恋人同士


  *


 俺は陽葵の彼氏として一糸学院で有名になったのだが、そのせいで、不良生徒たちから絡まれる機会が増えてしまった。


 そんな日々が続いた、ある日のこと――。


「おい、旗山っ! なんのつもりだ?」


「なにか用ですか?」


 今日もまた、俺は不良たちに呼び出されていた。


「おまえ、最近、調子に乗りすぎじゃねえか?」


「別に、そういうわけではありませんが……」


「うるせえ! おまえみたいな雑魚が、俺たちに逆らったらどうなるかわかるよな?」


「…………」


 俺は黙り込む。


「わかっているだろうな?」


「…………」


「なんとか言えよ!」


 不良たちは俺を取り囲むようにして睨みつける。


「ちっ、無視してんじゃねえよ!」


 ひとりの不良が俺の胸ぐらを掴んできた。


 俺は胸ぐらを掴んできた、その腕を力強く握った。


「いっ!?」


「おまえたちこそ、調子に乗るなよ?」


 俺は睨み返す。


「てめえ……」


 リーダー格の男が拳を振り上げてくる。


「やっちまえ!」


「死ねぇええええ!」


 一斉に襲いかかってくる男たち。


 だが――。


「ぐはっ!?」


 最初に倒れたのは、殴ろうとした男であった。


「なっ!?」


 唖然としている他の者たち。


 俺は不良たちにダメージを与えないように、うまく立ち回ったのだ。


「く、くそ……」


「覚えてろよ……」


 男たちは悔しそうな表情をしながら、その場から去っていった。


 そして、入れ替わるように現れたのは陽葵だった。


「蒼生、大丈夫? ケガとかしてないよね?」


「ああ、大丈夫だよ」


「本当に?」


「本当だって」


 俺は笑顔を見せる。


「……蒼生」


 陽葵は頬を赤く染めて見つめてきた。


「ん?」


「わたしを守ってくれて、ありがとう……」


 陽葵はお礼の言葉を口にして、恥ずかしそうに俯いた。


「当然のことをしただけだ」


「でも、わたしは嬉しいの……蒼生がわたしのことを本気で守ってくれたことが……」


「陽葵……」


「だから、これからも、よろしくね……」


 陽葵は、とても嬉しそうにはにかんできた。


「わかった」


 こうして、俺は学校内で「陽葵の彼氏」として認知され、さらに学校での自分の存在価値を見出すことができたのである。


 ただ、俺たちは、あくまでニセモノの恋人同士なのだ。


 そのことを忘れてはいけない……。


  *


 ある日の昼休み。


 俺は廊下で女子生徒数人とすれ違った。


「あっ、あの人って……」


「噂の……」


「陽葵さんの……」


 などとヒソヒソ話をしていた。


「なんか騒がれているね」


 隣にいる陽葵は苦笑いを浮かべる。


「そうだな……」


 俺の知名度は日に日に大きくなっているようだ。


「すっかり人気者だな、陽葵さんの彼氏というやらは」


 ニヤリと笑みを浮かべる悠人。


「茶化すなよ」


「ふっ、すまんな」


「すまんって感じの顔してねえな」


 俺は、ため息をつく。


「悠人だって彼女作ればいいじゃないか」


「俺は俺で彼女いるしな」


「へぇ……そうなんだ」


 初耳だ。まあ、悠人とは知り合って、そんなに経ってないけど。


「誰だよ。一糸学院に入学して一年目の俺でもわかる人か?」


「さあ、どうだろうな……?」


「どうだろう、って、つまり、どういうことだよ……」


 意味深に笑う悠人。


「教えてくれよ。気になるじゃん」


「そのうちな」


「なんだよ、それ」


 俺は呆れてしまう。


「そんなことより、蒼生さんよぉ……」


「……なんだよ」


「どうして、いつの間に陽葵さんと付き合うことになったんだよ?」


「それは……」


 俺は言い淀んでしまう。


「それは?」


「陽葵のほうから告白されたから……」


 俺は正直に打ち明けた。


「陽葵さんから!?」


 目を見開く悠人。


「ああ……」


「マジなのか!?」


「ああ…………」


「信じられん……」


「まあ、そう思うよな……」


「いったい、どんな魔法を使ったら、こんな美少女から告白されるんだあああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!?」


 興奮気味の悠人は訊いてくる。


「その話、本当ですかっ!?」


 知世も会話に加わった。


「ついに私が妄想していたカップリングが現実になったんですね……!」


 知世が感動でなのか涙を流すような仕草をした……オーバーだろ。


「――蒼生……悠人くんと知世には、本当のことを言ったほうがいいんじゃない?」


 さすがに陽葵は、この話題を続けたくないらしい。


「えっと……」


 俺は困ってしまう。


 すると――。


「どうした? なんで、ふたりとも黙り込む?」


「……どうかしたのですか?」


「…………あのさ、ふたりとも、とりあえず、屋上いかね?」


 俺は進野兄妹に本当のことを話すことにした。


  *


『――ニセモノの恋人っ!?』


 俺の話を聞き終えた、進野兄妹の声が見事にハモった。


「おう……」


 俺は小さくうなずく。


「なんでさ? 普通に付き合えばいいじゃん?」


「そうですよ! わざわざニセモノのフリをする必要はないと思います!」


「えっ? なに本気になってるのっ!? 蒼生と本当に付き合うわけないじゃない!」


 陽葵は慌てふためく。


「それじゃあ、蒼生にばかり負担がかかってるってことだろ?」


「そうです!」


「それは別に気にしなくていいよ! 俺が好きでやってることだし!」


「蒼生が、そこまで言うなら、仕方ありません……けど」


「だけど、俺としては、やっぱり納得できない!」


「そうです!」


「そんな中途半端な関係の恋人同士なら、いずれ一糸学院の生徒たちに見破られるに決まってるじゃないか!」


「蒼生にとっても、陽葵にとっても、よくないと思うのです!」


「…………」


 俺は無言になってしまう。


「…………でも、これでいいんだ。俺は陽葵を守るって誓ったから」


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。


「……陽葵さんは、それでいいのか?」


 悠人が陽葵に問いかけた。


「わたしは……」


 陽葵は俯く。


 そして――。


「……ごめんなさい。今のわたしには……」


 陽葵は、はっきりと結論づけられないようだ。


「そうか……」


 悠人もこれ以上は、なにも言わなかった。


 現状としては、俺は学校内で「陽葵の彼氏」として認知されていて、さらに学校での自分の存在価値を見出している、はずなのだ。


 俺たちは、あくまでニセモノの恋人同士。


 そのことを忘れてはいけない……。


  *


 それからも俺は陽葵を守るためにニセモノの彼氏を演じ続けていた。


 俺はニセモノの彼女である陽葵と下校する。


「最近、蒼生の学校での人気は急上昇中だよ」


「そうかな?」


「そうだよ」


 そんな噂話に惑わされる俺ではない。


「でも、そろそろ……限界かもね」


「えっ?」


「だって、蒼生は人気者なんだもん……」


 陽葵は寂しそうな表情を見せる。


「…………」


 俺は黙り込んでしまう。


「ねえ、蒼生……」


「なんだよ?」


「もし、わたしが……」


 なにかを言いかけた陽葵だったが、途中で言葉を飲み込んだ。


「なんでもない……」


「どうしたんだよ?」


「ううん、ただ……」


「ただ?」


「このままだと、いつかバレちゃうかなって思って……」


「…………」


 俺は、また黙り込む。


 確かに俺も不安がないわけではない。


 だが、そんなことに、そんなことで悩んで青臭くなっている場合じゃない。


 それに、俺は生徒会に入るためにも陽葵を守らないといけないのだ。


「大丈夫だよ。なんとかなるさ」


「…………」


 陽葵はジッと俺の顔を見つめてくる。


「陽葵?」


「蒼生って、いつも前を向いているよね」


「そうか?」


「うん」


「…………」


「……ありがとう」


「こちらこそ、だよ」


 こうして、俺はニセモノの彼女である陽葵を守るために、ニセモノの恋人同士を演じる決意をするのであった……が。


「だけどね、このままじゃ、蒼生ばかりに負担がかかってしまうでしょ」


「えっ、そんなことねえよ」


「そうかな」


「ああ……」


「でも、蒼生ばっかりに苦労をかけてるから……」


「陽葵……」


「だからさ、わたし、考えたの」


「な、なにを?」


「お互いがニセモノの恋人同士として、本当の意味で、よりよい関係を作れるようにするためには、もっと、ちゃんとした恋人同士のフリをしなくっちゃいけないんじゃないかな、って……」


「…………」


「蒼生は、どう思う?」


「……俺は、いいよ」


「本当?」


「ああ……」


「わたしが、このままじゃ、ダメだと言っても」


「ああ…………」


「蒼生」


 陽葵は立ち止まると真剣な眼差しを向ける。


「うん?」


 俺も足を止めて陽葵と向き合う。


「家に着いたらさ、わたしの部屋に来てくれない」


「えっ、ああ、うん……」


 陽葵は俺の手を掴むと歩き出した。

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