第12話 従姉妹と、この胸の高鳴り


  *


 その後、俺は陽葵の部屋から出て、自分の家に戻った。


 そして、ベッドの上に寝転ぶ。


「はぁ……」


 ため息をつく。


「疲れた……けど、癒やされた……」


 よくわからない感覚だ。


 俺は天井をボーッと見つめる。


「あれは夢じゃないんだよな……」


 頬をつねってみた。


 普通に痛かった。


「まさか、あんな展開になるなんて……」


 俺は小さく息をつく。


「…………」


 でも、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ、嬉しかった。


「それにしても……」


 俺は陽葵に撫でられたり、手を繋いだりしたときの感触を思い出す。


「陽葵の手、柔らかかったな……」


 思わずニヤけてしまう。


「…………」


 それからしばらくの間、俺の顔から笑みが消えることはなかった。


『ただいま~』


 玄関を開ける音が聞こえてきた。


 どうやら、琴葉さんと咲茉が帰ってきたらしい。


 時刻は夜の時くらいである。


「おかえり~」


 一華さんはリビングから声をかけたようだ。


 俺は様子を見るためにリビングへ行く。


「一華さん、手伝います」


「ありがとう〜」


 キッチンにはエプロン姿の一華さんがいた。


「…………」


 一方、琴葉さんはというと、ソファに座っている。


 なにかを考えている様子だ。


 表情は暗い。


「どうかしたんですか?」


 俺は気になって琴葉さんに話しかけてみる。


「えっ? ……いや、なんでもないわ」


「本当ですか?」


「うん……。ちょっと考え事をしていただけ……」


「そうですか……」


「……ただ、今年の学校生活は問題が山積みなのよ」


「問題?」


「ええ。……去年は、ここまで不良たちの活動が活発化するとは思ってなかったから」


「…………」


「しかも、私のかわいい妹にまで危害を加えようとする輩がいるみたいだし……」


「大丈夫ですよ! 陽葵は俺が守ります!」


「ふふっ、頼もしいわね」


 琴葉さんは優しく微笑む。


「でも、無茶は絶対にしないでね」


「はい、わかっています」


「なら、いいんだけど……」


「心配しないでください。陽葵のことは俺が必ず守ってみせますから」


 俺は力強く宣言する。


「ふぅ……」


 琴葉さんの口から小さな吐息が漏れた。


「蒼生くんのことは昔から知っているけど、たまには気を張らないようにすることも大事よ」


「はい……」


「陽葵ちゃんのことを大切に思う気持ちはわかる。私だって同じだから。でも、いつも肩肘を張っていたら、いつか限界が来ちゃうよ」


「…………」


「私は蒼生くんに幸せになってもらいたいと思っている」


「俺は十分すぎるほど、幸せです」


「ううん、違うよ。蒼生くんは本当の意味で、まだ、なにも得ていない。だから、もっと欲張りなさい」


「…………」


「私たちは高校生。高校生の性分は青春を謳歌すること。それだけなんだから」


「…………」


「だから、蒼生くんはもっと自分勝手に生きていいんだよ」


「自分勝手……ですか?」


「うん。蒼生くんは自分のことよりも、他人を優先し過ぎるところがある。それって、とっても素敵だと思う。でもね、時には自分が本当にやりたいことをやるべきだと思ってるの。これは人生の先輩としての助言だよ」


「…………」


「お夕飯の準備の手が止まっているよ」


「あっ……」


「ふふっ、ごめんね。ムダ話をして」


「いえ……」


 俺は料理を再開する。


「なんなら、今日は休んでもいいんだよ〜。無理しないでね〜」


「無理は、してないですよ……。一華さん、ごめんなさい。料理します」


「おっけ〜」


 料理を再開する俺だけど、頭の中では琴葉さんの言葉が反響している。


 自分勝手に生きる……か。


 それができれば、苦労はしない。


 でも、俺は陽葵を守りたい。


 その想いは誰にも負けたくない。


 だからこそ、俺は陽葵を守り抜く。


 俺は決意を固めた。


  *


『いただきまーす!』


 夕食の時間になり、俺たちは食卓を囲む。


 今日のメニューは焼き魚定食だ。


「蒼生くんが作ったの?」


「いえ、一華さんと一緒に……」


「いや、ほとんど蒼生が作ったんだよ〜。すごいね〜」


 一華さんは嬉しそう。


「咲茉も食べな」


「うん!」


 咲茉も美味しそうに食べる。


「ところで、咲茉は最近どうだ?」


 俺は咲茉に尋ねる。


「なにが?」


「学校で、うまくくやれてるか?」


「ああ、それなら全然、問題なし!」


 咲茉は元気よく答える。


「友達いるし、部活でも楽しくやってる!」


「そっか、よかった……」


 咲茉は一糸学院の中等部に通っている。


 中等部に不良生徒は少ないらしいけど、念のために確認した。


 さすがに中等部まで高等部の不良生徒は来ないか……。


「陽葵は学校どう〜?」


 一華さんが陽葵に尋ねた。


「わたしは……」


 陽葵は箸の動きを止める。


「わたしは、大丈夫。みんな、優しい人ばかりだから」


 陽葵は笑顔で答えた。


 でも、どこか寂しげな雰囲気を感じる。


「陽葵、悩みがあったら相談してね〜」


「うん、ありがとう」


「咲茉もね〜」


「わかった〜」


「蒼生は、どう〜? 学校生活に慣れたかな〜」


 一華さんが俺に尋ねてくる。


「はい、なんとか慣れました」


「それは、なによりだね〜」


「蒼生くんは勉強できるほう?」


「う~ん、普通……ですね」


「普通なんだ〜。へぇ〜」


 意味深に一華さんは納得した。


「蒼生はスポーツが得意だしね~」


「まあ、そうっすね」


「蒼生くんって、なんでもできそうよね」


 琴葉さんが言った台詞を俺は否定する。


「いや、そんなことないっすよ」


「いやいや、運動神経抜群って噂を耳にしたよ」


「えっ?」


 誰から聞いたんだろう……。


「ふふっ、蒼生くんってモテるでしょ」


「えっ!?」


 琴葉さんの唐突な発言に驚く。


「い、いや……モテないっすよ……」


「どうかな? 女子たちの歓喜の声を聞いたけど」


「……勘違いだと思いますよ」


「またまたぁ、照れなくていいんだよ」


「本当ですって……」


「ふふっ、蒼生くんは、かわいいわね」


 琴葉さんはクスッと笑った。


「いや、あの……」


 俺は戸惑ってしまう。


「今や陽葵ちゃんを守る王子さまだからね」


「だから、違いますって……」


「でも、蒼生くんは、かっこいいと思うよ」


「うん、私も蒼生さんは素敵だと思うよ〜」


「一華さんまで……」


「お兄ちゃんは素敵な男性だよ」


 咲茉までも俺を褒め始めた。


「…………」


 俺は黙り込む。


「でも、陽葵ちゃんを守る、か……かっこいいなぁ……。私も守られたいなぁ……」


「私も守ってほしいかも〜」


「あたしは守られるより守りたいな〜」


 一華さん、琴葉さん、咲茉の女性陣三人は盛り上がっている。


「いや、だから、その……俺は……」


「もう、蒼生は謙虚ね〜」


「でも、お兄ちゃんは本当に強いから安心だよ」


「そうよ。咲茉の言う通り、本当に強いんだから」


「…………」


「ふふっ、蒼生くんのことが、ますます好きになってしまうわ」


「あっ〜! 琴葉、ずるい〜!」


「あたしだって、蒼生お兄ちゃんのこと好きだもん!」


「じゃあ、私は、もっと好きだから!」


「なら、あたしは、もっともっと好きなんだけど!」


「私だって好き好き大好き超愛してるんだから〜!」


 陽葵以外の女性陣たちは楽しそうに会話を続ける。


「…………」


 俺は困ってしまった。


 でも、悪い気分ではないのは確かだ。


 だけど、陽葵の様子が少し、おかしい。


 とにかく静かだ。


 表情が暗い。


「陽葵?」


 気になって声をかけてみる。


「あっ、うん……」


 陽葵は我に返ったように顔を上げた。


「どうした?」


「ううん、なんでもない……」


「そうか?」


「うん……」


 陽葵は小さく微笑む。


「……でも、わたしも好きなんだけど!」


「…………えっ? なにが……?」


 俺は聞き返した。


「わたしも……その……お、おお、お姉ちゃんたちが、だ、大好きなの……」


「ああ……そう……」


「……うん」


「……そっか」


「蒼生くん」


 琴葉さんが、じーっと見つめてきた。


「はい」


「私たちは家族として蒼生くんのことが好きなだけだから……それだけは、忘れないでね」


「……はい」


 なんか、重い空気になってしまった気がする。


 でも、なんだろう。


 この胸の高鳴りは……。


 俺は、この胸の高鳴りの正体に、まだ、気づいていない。

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