2−1

 ペスクから戻ったとき、すでに日は暮れ、あたりは真っ暗になっていた。夜道に野犬の吠える声が響いていたが、幸い、何事もなく、無事に帰ってくることができた。

 夜空に星が輝くなか、立派な門のまえで馬車を降りると、エプロン姿の使用人たちが、わざわざ外で出迎えてくれていた。クラウスが歓迎されながら屋敷のなかに入り、そのあとにサルスが続くのを確認してから、私は広い庭を横切り、奥にあるはなれへと戻った。

 扉を開け、室内に入り、天井から吊るされている松明に火をつける。暗い部屋のなかを、ゆらゆらと揺れる光源が照らしはじめた。ふと、テーブルの上に、トレーがあることに気づいた。食器がふたつならんでいる。スープとパンがあった。夕食なのだろう。

 椅子に座り、スープの食器を手に取り、口に運んだ。冷めていた。食器に触れたとき、熱を感じなかったからそうだろうと思っていたが、運ばれてからだいぶ時間がたっている。パンに齧りつくと、ごわごわとした食感があった。味も落ちている。しかし、空腹だったのか、固いパンと冷めたスープでも、すぐにたいらげていた。

 椅子の背もたれに背中をあずけ、ぼんやりと天井に顔を向ける。暗い視界のなか、松明の火だけが揺らめいている。林道で戦ったショートソードの男のことを思い出した。刎ねた首が地面に落ちるさなか、その表情を窺うことができた。後悔はなかった。怯え、恐怖も。ただ、かすかな笑みがうかんでいた。死ぬことを望んでいるようにも思えた。真相はわからない。ただ強かった。それだけは真実だ。そして、そんな人間が野盗をやっていたことも。

 もう寝よう。かぶりをふって立ち上がり、帯に差した刀に手をかけたところで、ドアがノックされた。

 ひかえめなノックだった。夜も遅い時間だ。こんな夜更けに部屋をたずねる人間はいままでひとりもいなかった。いや、そもそも、この部屋にくる人間自体がほぼいないのだ。仕事のときのクラウスか、食事を運んでくる使用人くらいしかいない。

 ノックは続いてる。私はドアに近づき、いつでも鯉口を切れるように左の親指を鍔に当てて、ゆっくりとドアを開けた。

 そこにいたのは、女性だった。

 年齢は私より少し上だろう。薄緑色のシャツに、裾の広がった黒のズボン。頑丈そうなブーツ。腰のところで交差している二本のベルトに、投げナイフが四本、吊り下げられている。軽くウェーブのかかった茶色のショートカットと、端正な顔立ちに不釣り合いな、右頬の刀傷。

 見覚えのある顔に驚き、ややあって、私は口を開いた。

「クロサ、クロサなのか?」

「ひさしぶり」

 二年ぶりに会う戦友は、あのころと変わらない微笑みをうかべ、小さく右手を上げた。



「座ってくれ」

 クロサを招き入れ、椅子をすすめた。「ありがとう」と彼女が腰をおろしたあと、向かい合うように、私もベットの端に腰を下ろした。

 顔をのぞくと、クロサは机の上にあるトレーと空になったふたつの食器に眼を向けていた。それから、ぐるりと室内を見渡し、苦笑いを向けてくる。

「クラウス・アリフレードの下にいるから、結構な生活をしてると思っていたけど、あまりいい待遇ではないみたいね」

「最低限の生活ができればいい。多くは望まないさ」

 こたえたあと、ふたたび、ショートソードの男が頭をよぎった。

 あの男も、私のようにボディーガードの仕事があれば、野盗などに身を落とすこともなかったのかもしれない。あの剣の腕を生かす道があったのかもしれない。

「どうかした?」

 無言でいると、クロサが顔をのぞき込むようにたずねてきた。

 彼女はいつもこうだった。私が思考の海に沈みかけると、それを引き上げてくれる。二年前、魔王討伐作戦で一緒になったあの日から、ずっと。

 故郷をでて、この国にきて、作戦に参加したが、右も左もわからない私は、いつもひとりで困っていた。そんなとき、助けてくれたのがクロサだった。ふたつ歳上の彼女はこの国ではじめてできた友達であり、姉のような存在でもあった。

「いや、なんでもないさ」

 かぶりをふったあと、私はたずねた。たずねたいことがたくさんあった。

「それで、こんな時間になんの用事だ。いや、そもそも、どうやってこの敷地内にはいってきた。門番がいたはずだが」

「落ち着いて。ちゃんと答えるから」

 苦笑をうかべ、人さし指をたててクロサは言った。

「まず、ひとつ。ここにきたのはね、リン、あなたに協力してほしいことがあるからよ」

「なにをするつもりだ?」

「反逆、よ」

 言い切った彼女の顔からは、笑みが消えていた。

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ラスト・オブ・ザ・エッジ ヤタ @yatawa

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