1−3

 身体を深く沈め、腰をひねりながら、鋭く踏み込み、抜刀。陽光を浴びた刀身が銀の孤を描いて男の首を薙いだ。手応え。肉を裂き、骨を断つ感触が手のひらに伝わる。

 男の首が、赤い尾を引きながら宙を舞った。

 間抜けな表情のまま、その頭部がぼとりとやけに大きな音を立てて地面に落ちるころ、私はすでに、刀を二振りしていた。

 ふたり目の男の鎖骨に刃を走らせ袈裟に斬り落とし、返す刀で、手斧を持った三人目の男の脇腹を横に薙ぐ。大量の血とともに腸をぶち撒けた男が、糸の切れた人形のように、力なく地面に崩れ落ちた。

 あとふたり。考えたとき、殺気を感じた。咄嗟に刀を横にして頭上にかかげる。大きな衝撃。鋼同士の激突音。刀の腹に、ショートソードの刃がぶつかっていた。

 ふたつの刃が交差し、鍔迫り合いのようなかたちになる。ぎりぎりで互角の力関係だった。押し潰そうとする男の、その力を利用して技術で受け流そうとするが、簡単にはさせてくれない。やはり、この男はただのごろつきではない。

 交差する刃をはさんで、眼が合う。頭からかぶったポンチョの向こうに、無精髭を生やした精悍な顔があった。その眼に暗い光がある。怒り、憎しみ、哀しみ、そして、いくばくかの喜び。様々な感情がそこにはあった。

 鍔迫り合いが続く。

 体格にものをいわせ、男が押し込んでくる。均衡が崩れはじめた。踏ん張る足の裏がじりじりと地面に喰い込んでいく。このままでは潰される。そう判断した私は、タイミングを計って、うしろに跳んだ。力をすかされた男はしかし、たたらを踏むことなく、しっかりと踏み止まり、ショートソードを構え直した。

「おまえ」

 向かい合いながら、男がつぶやくように言った。

「東方の剣士、か。こんなところで会うとは。噂どおりの腕だ」

「そっちもな」

 油断することなく、私はこたえた。

「その剣、ただの野盗ではないな。どこの所属だった」

「どこも。ただの、騎士になれなかった男の成れの果てさ」

 自嘲気味に男が小さく笑った。

 会話をしながら、私は、もうひとりの男のほうに眼をやった。ナイフを握っている手が震え、腰も引けている。戸惑いと怯えが表情から見てとれた。こいつは放っておいてもいいな。戦意のない男の存在を、私は頭から消した。

 ショートソードの男が、両手で握った剣を上段に持ち上げ、そのまま腰を捻り、殺気ごと、切っ先をこちらに向けてくる。その変形の上段の構えは、西の剣士がよく使うものだった。

 私は、右手に持った刀を納めると、両足を広げ、相手に背中が見えるほど腰を捻り、前傾姿勢をとった。左手で鞘を握り、立てた親指を鍔に当てる。右手は柄に添え、全身の力を抜いた。適度な脱力。それが速さに繋がるのだ。

「居合い、か」

 男がつぶやいた。私はこたえなかった。

 構えたまま、睨み合う。

 額からにじんできた汗が頬をつたわり、しずくとなって顎から落ちた。汗をかいているのは、夏の陽射しのせいではない。こちらに向けられている切っ先。緊張感。重圧。プレッシャー。すべてが、全身に重くのしかかってくる。ゆっくりと息を吐いた。

 踏み込んだ。

 身体を深く沈める。前足。蹴った勢いのまま腰を回転させる。同時。鯉口を切る。柄を握る。一気に抜き放つ。抜刀。

 しゃん、という鞘走りの音が響いた。

 男の、上段からの斬り下ろしは空を切っていた。ショートソードの切っ先が、刀を振り抜いた姿勢のままの私の身体の横を抜け、地面に突き刺さる。

 男の首に赤い線が走った。

 ぐらりと揺れた頭部が、ゆっくりと、まるでスローモーションのようにゆっくりと落下する。そのさなか、眼が合った。光を失った眼差し。しかし表情はどこか満足げだった。もしかしたら。構えを戻し、思う。もしかしたら、死に場所を探していたのかもしれない。この平和な時代に、戦って終わりにしたかったのかもしれない。

 頭部が地面に落ちたあと、私は、いつまでも怯えている最後のひとりに眼をやった。

 口を開く。

「くるならこい。逃げたいなら、そうしろ」

 その言葉に、男はナイフを投げ捨て、慌てた様子で背中を向け、一目散に逃げていった。 目線を切り、血払いし、納刀する。

 乾いた炸裂音が響いたのは、そのときだった。

 顔の横を目視できない速度でなにかが過ぎ去っていく。ついで、くぐもった声のあと、どさりと倒れる音。逃げた男にふたたび眼をやると、うつぶせに倒れていた。背中に開いた小さな穴から血が溢れ出ている。まだ息があるのか、痙攣する身体を引きずっているが、すぐに事切れるだろう。地面にできた血溜まりは、あまりにも大きかった。

 私は、馬車のほうに顔を向けた。

 窓から、上半身だけを出したクラウスが、細長い筒を両手で持ち、構えている。こちらに向けられている筒の先端から、空に向かって煙が上がっていた。マスケット銃だ。私は眉をひそめ、馬車に戻った。



 馬車に乗り込むと、三人掛けの長椅子の真ん中にクラウスがいて、左側にいるサルスがマスケット銃を大事そうに両腕で抱えていた。

「なぜ、仕留めなかった」

 椅子にすわると、クラウスがたずねてきた。

「なにがです」

「背中を向けていた」

「逃げる相手を斬る必要はありません」

「武士の矜持、というわけか」

 声には嘲りがあった。

 鉄仮面の表情が、かすかにゆるんでいる。嘲笑だ。私はそっぽを向いた。

「まあ、いい。時間をくった。ペスクまで急いでくれ」

「はっ」

 御者が長い鞭を振るった。

 三頭の馬が走りだし、徐々に速度が上がっていく。不意に大きく傾いた。五つの死体を避けたのだろう。窓から見える地面に、うしろから撃たれた男の背中があった。絶命したのか、大きな血溜まりのなかで動かなくなっている。私はちらりと眼だけを動かし、サルスが抱えているマスケット銃に視線をやった。

 その武器を、私は好きではなかった。

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