第18話「祝賀の晩餐」

 ディオナと共に露店を巡り、彼女に言われれるがままに料理を買っていく。このあたりは傭兵や農民といった肉体労働者が多い地域というだけあって、夕飯時に立ち並ぶ屋台もほとんどはガッツリとした重たいメニューを提供している。


「肉団子!」

「もう三種類も買ったじゃないか……」

「こっちはトマトソースだから」

「そう言うもんかねぇ」


 当然、多少味が違うだけでほとんど同じような料理もある。しかし、ディオナはそういうものもまとめて全て食べようと画策していた。普段ならなんとしてでも阻止するところだが、今回ばかりは好きに食べさせよう。

 これからはディオナ自身も稼げるようになるのだから、そこまで心配することでもないだろう。


「あとは、フライドチキンとウサギのパイと……」

「た、食べられる量にするんだぞ」

「大丈夫!」


 いつもはあれだけ食べてまだ加減していたというのか。ディオナは次々と露店の料理を買い集めていく。いくら無制限に買ってもいいと言っても、金には限りがあるのだが。


「うー、いっぱい!」

「そうだな……」


 結局、アパートに帰宅した頃には、俺もディオナも両腕いっぱいに料理を抱えていた。なんとか床にぶちまけないように気を払いつつ、それをテーブルに置いてようやく一息つく。


「それじゃあ温め直すから、これでも読んで待っとけ」

「う?」


 早速テーブルについてワクワクと体を揺り動かすディオナに、俺は古本屋で買った本を渡す。


「ゼロからの共通語。文字が読めない奴向けだから、最初からひとつずつ始めていけばいい」

「うわぁっ! これがガッコーなのか!?」

「いや違うが」


 古びた本を受け取ったディオナはよく分からない喜び方をする。戸惑いながら否定すると、彼女は驚いた様子で俺と本の表紙の間で視線を彷徨わせた。


「でも、ばぁばがガッコーは文字を教えてくれるって言ってた」

「そりゃあ学校でも文字の読み書きは教えるけどな。これは教科書だよ」


 一通り読めるようになったら辞書も買ってやるべきかもしれない。ディオナは料理に関する語彙はそれなりにあるようなのに、基本的な単語の意味を知らないことが多かった。文字は知識の水だと言うし、文字を知らなければ知識は蓄えられない。


「ゥアー、ゥフェー、ベー」


 俺が鍋で肉団子を温めている間、ディオナは早速教科書を開いて読み始めている。共通語での会話自体は問題ないはずだが、律儀に文字の発音からだ。なぜか普段の流暢さがなくなってぎこちない感じになるディオナに思わず笑いながら、魔導コンロの火力を強める。

 温まった料理を机に運んでいくが、ディオナは熱心に教科書を読んでいる。やはり彼女は知識が乏しいだけで、意欲は旺盛なのだろう。深く集中して、あれほど楽しみにしていた食事の用意ができたことにも気付かないまま没頭している。


「ディオナ。とりあえず飯にしよう」

「うえっ!? い、いつの間に!?」


 いつの間にか温まった料理が所狭しと並んでいるテーブルを見て、ディオナは瞠目する。まさか食欲に勝る集中力を持っているとは、流石は里の期待を一身に受けて飛び出してきただけのことはある、といったところだろうか。


「いただきまーす!」


 とはいえ、彼女の食欲が衰えたというわけではない。むしろ一仕事終えた後で空きっ腹を抱えていたようだ。彼女は教科書が汚れないように別の場所へ置いてから、勢いよく食べ始めた。


「あんまり急がなくていいからな」

「うまい!」


 俺の声も耳に届いていない様子で、ガツガツと食べていく。テーブルまで食われるんじゃないかと思うほどの勢いだ。スペースが空いたそばから新しい料理を載せていくが、供給が追いつかない。

 食べ切れるかどうかと危惧していたのは、杞憂だったらしい。


「ディオナ」


 彼女も少し腹が膨れ、食事の手が落ち着いてきたのを見計らって話しかける。ディオナは肉団子のスープに浸したパンを口に運びながら、目だけをこちらに向けてきた。


「んむっ?」

「食べながらでもいいから、聞いてくれ」


 食事中の会話など、上流階級ではあり得ない非礼だが、ここはしがないボロアパートの一室だ。誰もそんなことを気にする奴はいない。もし彼女が目上の奴と会うようなことがあるのなら、その時に教えておけばいいだろう。

 ともかく、俺は彼女の方を向いて口を開く。


「とりあえず、傭兵デビューおめでとう」

「ありがとう!」


 今日をもってディオナは正式な傭兵となった。初仕事の結果も上場で、好調な滑り出しだと断言できる。それどころか、今後の成長を考えると今のうちに粉をかけておきたいと考えるのは組合だけに限らないはずだ。

 ディオナは今朝の組合で早速目立ってしまった。屈強な男を投げ飛ばした、片腕が義手の幼い少女でオーガの新人傭兵という肩書きは人の記憶に留めるには十分すぎる。


「今後、なんなら早ければ明日から面倒なことに絡まれる可能性もある。俺もなんとか守ってやろうと思ってるが、ディオナ自身も注意しておくんだ」

「うん? うん、わかった!」


 本当に分かったのかどうかは疑わしいが、とりあえずディオナははっきりと頷いた。

 せめて彼女が独り立ちするのに十分な力をつけるまで、俺が彼女を守っていかねばならない。


「とりあえず、当面の目標は傭兵としての体裁を整えることだ」

「テイサイ?」

「傭兵らしい格好をしろってことだ」


 今のディオナはそこいらの農民に毛が生えた程度の装備でしかない。武器に至っては森で拾った丸太といういい加減さだ。そもそも今日はちょっとした実地研修的なつもりだったので仕方ないといえばそうなのだが。

 今後傭兵として本格的に動き出すには、今のままでは色々と足りない。少なくとも武器と防具と最低限の道具は揃えなければ。


「近いうちにユガのところで武器を作る。その時のために打ち合わせをしておこう」


 他の工房に頼んでもいいのだが、わざわざそうするのも面倒くさい。俺の槍と同じところで作ってもらって、一緒にメンテナンスも受けるようにした方が楽だ。幸い、ユガは腕利きの鍛治師だから、大抵の武器は作れる。


「ディオナはやっぱり棍棒がいいのか?」

「うん。これが一番使いやすい」


 話を聞くと、一応オーガの里にも剣や槍、弓といった武器はあり、それを扱う者もいたという。しかし、ディオナはそれらを一通り試したうえで棍棒を好んでいた。


「向きを考えなくていいし、殴るだけでいいから。手入れもしなくていい」

「そりゃあそうだけどなぁ」


 棍棒の一番の利点はそのシンプルさだ。丸太を軽く削っただけでも棍棒だと言い張れるくらいに単純な構造をしていて、それゆえに頑丈だ。ウサギを殴り殺した程度では傷もつかない。

 更に剣や槍と違って刃がない。どこで叩いても一定の威力を出せる。弓と違って矢弾の制限がなく、習熟も難しくない。

 そして、扱う際に気にしなくていいというのも利点だった。剥き身のままで携行していても何かを傷付けることはないし、刃が錆びるといったことも考えなくていい。

 シンプルだからこそ、ストレートな破壊力を発揮する武器。それが棍棒というものだ。


「材質は? 鉄の方がいいか」

「硬い方がいい。木の棍棒は軽すぎるし」

「そうかぁ」


 壁に立て掛けられた丸太棍棒を見る。皮を剥いで削っているとはいえ、かなりの大きさだ。生木だから重量もある。俺でも振り回すのは大変なそれを、ディオナは片手で軽々と扱っていた。やはりオーガ族の腕力は侮れない。

 棍棒は重量がそのまま威力となるような武器だから、彼女の能力的にも相性がいいだろう。


「それじゃあ早速明日にでも、ユガのところにいこうか」


 傭兵登録を果たしたこともあり、ディオナの義手もそろそろ訓練用から卒業しなければならないだろう。より傭兵の仕事に適したものを、ユガも考えてくれているはずだ。


「うん!」


 ディオナも楽しみになってきたのか、元気よく答える。そうして、彼女は大きな厚切りステーキを丸呑みにした。

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