第10話「前途多難」

 入会金を支払ったことで、ディオナは晴れて傭兵組合の一員となった。とはいえ、その等級は一番下の五級であり、社会的な信用という意味では無いに等しい。ここから地道に実績を積み上げることで、彼女は傭兵としての信頼を高めていく、そのスタートラインに立ったにすぎない。


「アラン! ワタシ、ドラゴン倒しに行きたい!」

「何を言ってるんだお前は。そんな依頼ができるわけないだろ」

「えええっ!?」


 首に真新しいタグを下げたディオナが突拍子もないことを言う。人目を憚らずに大声で叫ぶものだから、周囲の傭兵たちも微笑ましいものを見るような温かい目を向けている。


「竜種の討伐には竜種討伐者ドラゴンスレイヤー資格が必要なのよ」

「ど、すら……?」


 ユリアがすかさずカウンターの下から資格パンフレットを取り出して、紹介されているページを開く。ディオナはちんぷんかんぷんといった顔で、そこに書かれている細かい文字に目を凝らした。

 ドラゴンというのは、たとえ近縁種であるワイバーンやワームであっても非常に強力だ。首を落としても数日は生きているほど生命力が高く、巨人族すら敵わないほどの怪力を誇る。その血に猛毒を宿しているものや、強い魔法障壁を持つもの、氷や炎の強烈な魔法を操るものと、そのどれもが非常に強い。

 ドラゴンスレイヤーの称号に憧れ、無謀に挑んでは散っていった多くの愚か者たちがいた。そのため、傭兵組合は竜種討伐者資格を制定し、その資格保持者にのみ竜種討伐依頼を斡旋するシステムを構築した。

 ドラゴンを倒すには、腕力だけでは足りない。敵の生態や能力を熟知し、適切な準備と戦略を立てられなければ、まず戦いの舞台にすら立てない。竜種討伐者資格は、それらの前提条件を満たすための第一歩だ。


「ちなみに薬草の採集は特定薬効植物取扱者資格がいるし、キノコなら有毒茸識別技能検定の取得が条件だ。有毒生物なら毒薬取扱者資格も必要だな。あとは、食用獣屠殺解体者資格があれば稼ぎのいい依頼が受けられる」

「うがああああっ!」


 自分の持っている資格を指折り数えながら挙げていくと、突然ディオナが吠えた。

 驚く俺たちをよそに、彼女は頭を抱えてカウンターに突っ伏す。そうして、リンゴのように顔を真っ赤にして言葉にならない声を絞り出した。

 どうやら、一度に情報を詰め込みすぎたらしい。とはいえ、このあたりの資格はどんな傭兵でも一通り揃えているようなオーソドックスなものばかり。逆に言えばこれらが取れなければ一人前の傭兵としてはやっていけない。

 まあ、たまに竜種討伐者資格の特級なんかを実力で認めさせて、それの一点特化で成り上がるぶっ飛んだ奴もいないわけではないが。

 というか、ディオナの最終的な目標は学校で里を豊かにするための知識を学ぶことだろうに、こんなところで躓いていていいのだろうか。


「安心しなさい。組合は定期的に資格取得のための講座を開いているから。五級傭兵なら事前予約で2割引で――」

「その辺は俺が教えてやるよ。どうせ問題なんて三日もあれば覚えられる程度でしかないからな」


 隙あらば稼ごうとしてくる組合の手先を手で払いつつ、ディオナの肩を叩いて安心させる。それを聞いた彼女は一転、希望を見出した顔をこちらに近づけた。


「本当か!?」

「文字を覚える練習にもなるし、ちょうどいいだろ。それに、こんなことに金を払うのは勿体無い」


 なにせ受験料が5,000シェグのところで講義は1回3,000シェグ、しかも全5回で合計15,000シェグ。さらに教本が7,800シェグもする。合わせて27,800シェグ。それだけあれば、1週間は余裕で暮らせる。

 教本くらいは買ってもいいかもしれないが、ここ数年で大きく問題が変わったわけでもないし、適当な古本を探した方がいい。


「余計なことを……」

「生活の知恵だよ」


 悔しげに唇を尖らせるユリアをさらりと流し、本題に入る。

 駆け出しの五級傭兵、それも資格や技能検定を何一つ持っていない者に紹介できる依頼はそれほど多くはない。その中から少しでも良いものを見つけなければ。


「ユリア、なんかいい依頼見繕ってくれ」

「アバウトな要望ねぇ」


 受付嬢のことをなんだと思ってるのかしら、などとボヤきながらもユリアは分厚いバインダーをカウンターに広げる。個々の傭兵の実力に合った適切な依頼を紹介するのも、受付嬢の重要な業務のひとつである。ユリアほど経験の長い職員ともなると、組合が受け付けている依頼と、所属している傭兵の情報はほとんど全て頭に入っており、カウンターに傭兵が立った段階である程度大まかに候補を絞れているという話だ。

 嘘か真か疑わしい噂ではあるが、ユリアはさほど時間もかけず膨大な紙束から数枚を抜き出してこちらへ差し出してきた。


「五級の駆け出しにはこのあたりかしらね。ディオナちゃんは片腕が義手だし、そもそも武器も持ってないし」

「そうだな……」

「アラン、見せて! 見せて!」


 依頼用紙を並べて吟味していると、後ろからディオナがぴょんぴょんと跳ねながらせがんでくる。どうせ文字は読めないだろうに、と思いつつも見せてやると、案の定首を捻っている。


「とりあえず文字と数字を読めるようにならないとな」

「組合はいつでも読み書き計算の各種講習を開設してるから、よろしくね」


 しつこいセールストークは流しつつ、俺は依頼用紙を数枚摘み上げる。


「とりあえずこれでいいだろ」

「またおもしろみのない依頼を選んだわね」

「堅実に行こうとしてるんだからいいだろ」


 ディオナの記念すべき初仕事は三種類。畑を荒らすモグラの駆除、雑草の刈り取り、薪集めである。どれも町の近くでことが済み、日没までには余裕を持って終わることができるうえ、稼ぎもそれほど悪くはない。少なくとも、今日の彼女の食費くらいは稼げるはずだ。


「もっとかっこいい依頼がよかった……」

「そんなもんがあるか」


 ぶすくれたディオナにため息をつきつつ、ユリアから依頼用紙の写しを受け取る。


「ほら、これをちゃんと持っとけよ」

「むぅ」


 写しは依頼の報酬を受け取る際にも必要な重要な書類だ。これがなければどれだけ頑張ったとしても、その苦労は水の泡となる。ディオナはあまり気乗りしていない様子だったが、とりあえず写しは懐に収めた。


「ディオナちゃん――」

「ユリア」


 すっかり萎れてしまったディオナを見かねて、ユリアが口を開きかける。しかし、俺はそれをそっと止めた。こればっかりは人からどう言われても納得はできない。自分で気づかなければならないところだ。

 なんだかんだでユリアは優秀で優しい受付嬢だ。しつこく資格取得を進めてくるのもただ金儲けのためだけではなく、傭兵が怪我をしたり命を落としたりと最悪の事態を迎える確率を少しでも下げるためであるはずだ。

 それでも、傭兵たちは自分の力を過信して、準備を怠って、油断して、呆気なく死んでいく。なぜ傭兵になったのか、なぜ依頼を遂行するのか、そんな理由も忘れてしまって。

 人から教えられても、それは分からない。自分でその答えを見つけなければならない。


「討伐系の依頼を見繕ってくれ。三級相当でいい」

「……分かったわ。森猪の駆除とかあるんだけど」

「じゃあ、それで」


 ユリアから、俺のぶんの依頼も斡旋してもらう。ディオナが受けた依頼だけでは一日の生活費も稼げないからな。ただでさえディオナは普通の女の子と比べて金が嵩むのだ。少しでも稼いでおかねばならない。


「ほら、行くぞ」

「うん!」


 俺は提示された依頼用紙を軽く確認してから全て受け取り、ディオナと共に組合を後にする。


「お気を付けて。あなたがたの無事と成功をお祈りしています」


 深々と頭を下げて見送るユリア。そんな彼女を、ディオナはちらりと振り返って見るのだった。

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