第9話「傭兵組合期待の新人」

 棍棒を持ち出したのは、俺よりも二回りは大柄な人間族の男だ。勢いに身を任せ、状況を考えるようなこともせず、乱暴な手段をまず最初に選ぶ。よく鍛えているようだが、傭兵としては大成しないだろう。


「ごっ!? がぁっ! げぐあっ!?」

「兄貴ィ!」


 棍棒を力任せに振り下ろした巨漢は、その勢いのまま派手に転倒し、ぐるりと縦回転してテーブルの天板を割る。更に腕を床に突き立てて体を起こそうとするが、少し腰を浮かした途端にバランスを崩し、無様に転がる。

 直前の趣味の悪い言葉使いで散々周囲の注目を集めた上でこの醜態を晒した彼は、早朝の傭兵組合で嘲笑の的となっていた。脳が揺れていてもまわりの声は聞こえるのか、厳つい顔を真っ赤にしている。


「うぅ、うぅぅううっ!」


 呂律も回らないまま、野獣のような唸り声をあげ、腰を弄る。そうして取り出したのは、銀に輝く鋭利な刃だった。

 組合は傘下の傭兵たちを強く束縛するようなことはないが、それでも守るべき規則はきっちりと敷いている。そのうちの一つが、彼らの重要な顧客でもある依頼者の安全を守ること。傭兵同士が喧嘩しようが殺し合おうが関与しないが、その舞台が一般人も多くいる組合のエントランスとなれば話は変わってくる。


「うがあああっ!」

「“緊縛”ッ!」


 抜き身の刃物を握り締め、こちらへ猛然と突撃してくる男。その体に魔力の縄が絡みつき、きつく締め上げる。両手両足を拘束された男は床に倒れ、強かに低い鼻を打ちつけた。

 一瞬のうちに行われた見事な逮捕劇に、周囲の人々から歓声が上がる。人垣を割って現れたのは、赤いスカーフを首に巻いた組合職員だった。


「いちゃもんを付ける程度ならいざ知らず、武器を手に取ったとなれば看過できないわね。珍しく可愛い子がやって来て調子に乗ったのかもしれないけど、しっかり頭を冷やしてもらうわよ」


 動きやすい濃紺の制服に身を包んだ女性。いつもはカウンターで天使のような笑みを浮かべている受付嬢が、鬼の形相で立っていた。


「ひえっ」


 その鋭い眼光を向けられた男は一瞬で縮み上がる。傭兵組合の受付嬢とは、愛想の良さだけで採用されているわけではない。そういった職員がいないわけではないが、組合のカウンターには常に赤いスカーフを身につけた特別な受付嬢が立っている。

 彼女たちは、組合の建物内で唯一武力行使、魔法の実行が許可された武装受付嬢と呼ばれる専門職だ。その役割は一般人の保護――つまり粗暴な輩の多い傭兵が暴れた場合迅速に鎮圧することだ。当然、彼女たち武装受付嬢の実力はそこいらの傭兵を上回っている。噂では一級傭兵となった者をスカウトしているという話まであるくらいだ。


「そこの男とそいつ。反省部屋に連行してちょうだい」


 ナンパ野郎二人組が幸運だったのは、この時間のシフトに入っていた武装受付嬢が比較的穏当な手段で収めてくれたことだろう。武闘派で血気盛んな嬢であれば、流血や骨折くらいは覚悟しなければならない。


「すまんな、助かった」

「仕事をしただけよ。まあ、貴方なら放っておいても良かったかもしれないけど」

「あんまりおっさんを買い被らないでくれ」


 なんだかんだでここの受付嬢とも付き合いが長い。ユリアという名のハーフエルフで、ここの武装受付嬢の中では平和主義なほうで気が合うのだ。

 彼女が言うには、ディオナに絡んできたあの二人は最近トントン拍子で等級を上げてきた新進気鋭の傭兵だったらしい。しかし、順調すぎるのが悪い方に作用して、最近は少し鼻っ柱も強くなってきていたらしい。


「アランがガス抜きしてくれて良かったわ。あいつらの評定も下がって、二級に上がれるのもかなり遠ざかったと思うし」

「俺をダシにしたのかよ」


 疑いの目を向けると、ユリアはまさかと肩をすくめる。まあ、俺もディオナに起こされたからこんな時間に来ているわけで、組合がわざわざそれを予測していたとは考えにくい。


「アラン! すごい、今のどうやったんだ!?」


 受付嬢たちによって連行されていく暴漢二人を傍目にユリアと軽く話していると、ディオナが人を突き飛ばす勢いでやってきた。彼女は尻尾を痛いくらいに振り回す仔犬のような興奮ぶりで俺に迫る。


「どうやったって言われてもな。相手が勝手に転けてくれただけだろ。いやぁ、助かった助かった」


 彼女の熱い眼差しから顔を逸らしつつ答える。目を逸らした先にいたユリアの表情が「何いってるんだコイツ」と言わんばかりの白けたものになるが、気にしない。


「それよりも、ディオナも凄かったじゃないか。大の大人を片腕で投げ飛ばすなんて」


 俺の話はどうでもいい。それよりも驚いたのはディオナの腕力だ。彼女は体格からして優に勝る巨漢に物怖じすることもなく、利き腕でもない左腕一本で投げ飛ばしたのだ。

 なかなか手荒にすぎる方法だったかもしれないが、そもそもあの二人がちょっかいをかけてきたのが事の発端である。この一件で期待感が高まりこそすれ、彼女に何らかのペナルティが課されることもないだろう。


「ふふん。オーガ族ならあれくらい余裕だ!」

「オーガってすごいんだなぁ」


 剛力でその名を知らしめるオーガ族は、たとえ少女であろうと例外ではないらしい。力が強く、生命力も強いとなれば、まさに傭兵としてうってつけの人材だろう。


「その子がリリが言ってたアランの養子?」

「養子にした覚えはねぇよ」


 ディオナの額に短いツノが生えているのを見つけて、ユリアが気付く。リリのやつが早速朝シフトとの引き継ぎで話していたらしい。何がどうなってディオナが俺の養子になったのか、後で追及しなければ。


「ワタシはディオナ! アランの、えっと……奴隷?」


 元気よく挨拶をするディオナだが、自分が俺とどのような関係にあるのか考えたこともなかったらしい。首を傾げて一番可能性のありそうなことを口にするが、彼女はすでに奴隷身分でもない。


「今は俺の弟子だよ。ユリア、こいつの傭兵登録をしてくれないか」

「分かったわ。それじゃあ、ディオナちゃん、こっちに来てくれるかしら」

「やっと傭兵になれるのか!」


 武装受付嬢は武装しているが受付嬢である。依頼の受発注や物品の買取、各種資格の受験受付、そして新規傭兵登録などの事務作業も当然行える。

 早朝の騒動など忘れたかのようにいつもの賑わいを取り戻すエントランスを進み、カウンターに向かう。そこでユリアは表情を切り替えて、ディオナに一枚の紙を差し出した。


「ここに必要事項を書いてちょうだい。字が読めなかったり、書けなかったりしたら私が手伝うから」

「わ、わかった……」


 ペンを渡されたディオナは強張った表情で唾を飲み込む。悪徳商人に捕まったあたり、当然と言えば当然かもしれないが、文字は共通語すら読み書きできないのだろう。


「俺が代わりに書いても?」

「いいわよ。こっちの儲けが減るけど」

「だから俺が代筆するんだよ」


 読み書きできない奴は、特に傭兵になろうなんてする輩には珍しくない。そのため、受付嬢が代筆することも多いのだが、それも業務の一環として手数料が取られるのだ。虎視眈々と儲けを狙っていたユリアは残念そうに唇を尖らせるが、ウチはただでさえ食費が嵩んでいるのだ。節約できるところはしておかなければ。

 傭兵登録の際に記入するのは、名前と年齢、身分、種族、保有資格、住所といったものだ。ディオナ、16歳、自由民、オーガ、資格なし、ボロアパートと書き込んでいく。身分はせめて、この町の居住者あたりにしておかないと、門の出入りでも無駄な金が掛かるな。資格も傭兵として等級を上げていくなら空白のままというわけにもいかない。


「金を稼ぐために傭兵になるのに、傭兵として成り上がるには金が必要なんだもんな」

「世の中なんてそういうものよ。……はい、全部確認したわ。タグを作るから待っててちょうだい」


 用紙を提出すると、それを元に傭兵として登録される。何か審査や適性検査などがあるわけではない。適性がないやつは一生五級のまま燻ってるし、あるやつはすぐに四級へ上がってしまうからだ。


「できたわよ。これを失くしたら面倒臭いから、ちゃんと持っておくように」

「やった! ありがとう!」


 ディオナに手渡された、真新しいタグ。細い鎖に繋がれた長方形のプレートに、しっかりと組合と個人番号、五級と刻まれている。


「ようこそ、傭兵組合へ。あなたの活躍を期待していますわ」


 ユリアは受付嬢らしい華やかな笑みを浮かべて、恭しく一礼する。俺も初めてタグを受け取った時に聞いた定型文だが、この言葉で世界が大きく開いたような気がしたものだ。

 きっと、ディオナもいま同じ気持ちなのだろう。タグを力強く握り締め、これから始まる新たな未来に期待を膨らませていた。


「……というわけで、入会手数料ね」

「これさえなけりゃあなぁ……」


 チャリンチャリンとコインが流れ出していくのにため息をつきながら、大人は冷たい現実と向き合うのだった。

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