第11話「傭兵の仕事」

 俺たちの住む町アルクシエラは典型的な城塞都市だ。中心に領主の城があり、その周囲に貴族街、そして町の外へ向かうほど貧しい街並みが広がっている。立派な防壁が周囲を取り囲み、そのの外には農民たちが耕す耕作地がある。

 王都からも離れたアルクシエラは辺境の町と言って良い。広大な自然と、そこに棲む魔獣たちの脅威が常に存在感を示し、それゆえに傭兵としては飯の種に困らない。ディオナが引き受けた三つの依頼も、常に組合の掲示板に張り出されているような定番のものだった。


「とりあえず、モグラの駆除からやっていくか」

「うん……」


 町の外に出た俺たちは、早速ひとつめの依頼へと取り掛かる。しかし、ディオナの返事は力の抜けたものだ。意気込んでいた傭兵としての初仕事が、畑の雑用とも言えるようなしょぼいもので、拍子抜けしているのだろう。

 義手もだらりと下げてとぼとぼと歩くディオナに、俺はため息をついて声をかける。


「ディオナ」

「なに?」


 振り返るディオナ。


「ひとつだけ言っておくが、傭兵組合に依頼をするのもタダじゃない。たとえ受注者が見つからなくても、依頼料と手間賃を組合に納めにゃならん」

「うん……?」


 俺の言葉の意味するところが分からないのか、彼女は首を傾げる。突然組合のがめつさを語られたところで、やる気が出るはずもない。だが、俺はそれを承知で話を続ける。


「つまり、依頼者は金を払ってでも俺たち傭兵の力を借りたいってことだ。これがただのモグラ退治なら、農民は農民ギルドに呼びかけて独自にやってるだろうさ」

「それじゃあ、これはただのモグラ退治じゃないの?」


 俺が頷くと、ディオナはわずかだが表情を明るくした。


「とりあえず、傭兵になったなら自分が受けた依頼くらい読めるようにならないとな」


 ディオナが懐にしまっていた依頼用紙の写しを取り出す。彼女はまだ共通語の読み書きさえできないが、俺が読み上げてやれば理解できるはずだ。


「畑を荒らす土喰いモグラの駆除。最低三匹、駆除数に応じて追加報酬あり」

「土喰いモグラって普通のモグラとは違うのか?」

「ああ。土喰いモグラは魔獣の一種だ」

「魔獣!」


 今度こそディオナの瞳がルビーのように輝く。

 世の中には大別して二種類の生物が存在する。魔獣か、そうでないかだ。兎や狼、鹿といった普通の獣は、ある程度武器の扱える猟師や屈強な農民であっても十分に相手取れるだろう。しかし、魔獣はそうもいかない。

 地中や大気中の魔力濃度が高い場所で発生する魔獣は特殊な器官を持ち、原始的ながら魔法を扱う。それゆえに、普通の獣と比べてはるかに強大な力を持っていたり、特殊な能力を宿していたりする。

 土喰いモグラは魔獣の中では下から数える方が早い程度の雑魚ではあるが、それでも普通のモグラとは確実に違う。具体的には、その名前にもあるとおり、土を喰うことができるのだ。


「土喰いモグラの被害は、普通のモグラの比じゃない。奴らに目をつけられたら、一晩で収穫前の畑がひっくり返されるんだ。農民にとっては一番の天敵だろうな」


 実際、彼らにとっては死活問題だ。

 モグラは動きも鈍く、体も小さい。しかし土喰いモグラは人間族の子供ほどの体格で、地中を掘り進む速度も猛烈に速い。そこに土をも喰らう悪食が合わさって、畑を荒らしまわる大害獣となる。苦労して汗水たらしながら作り上げた畑を一晩で耕されるのは、殺意を覚えるどころでは済まないショックだろう。


「ちなみに、土喰いモグラは竜種の近縁種って説もあるらしい」

「ドラゴンなのか!?」


 愕然とするディオナに頷く。近縁といっても、ドラゴンの一種であるアースワームの親戚の友達、くらいの距離感ではあるが、言わぬが花だろう。竜種討伐者資格が不要であるあたりから察してくれればいい。


「よし、アラン! 土喰いモグラをジャンジャン退治するぞ!」

「その調子だ」


 あっという間に勢いを取り戻し、拳を掲げて気合いを入れるディオナ。彼女の単純……純真さに感謝しつつ、そのやる気が失われないうちに仕事に取り掛かった。俺の仕事は、ディオナがモグラ退治を無事にこなせるように指導することだ。


「ディオナ。傭兵はまず依頼書をしっかり読み込むところから始めなきゃならん」

「依頼書? でも、ワタシは文字が読めないぞ」

「だから今日はどこに何が書いてあるのか指さしながら読み上げてやる。今日から文字の読み書きも教えていくから、早く覚えるんだ」

「分かった!」


 学校に行きたいと望むだけあって、ディオナの学習意欲は旺盛だ。俺はモグラ駆除の依頼書に指を落とし、そこに書かれている文章を解説していく。


「依頼書には依頼の概要、依頼者、報酬金額といった基本的な情報から、依頼者からのメッセージが書かれてる。今回は、どのあたりにどれくらいの被害が出たのかが詳しく載ってる」

「これがそうなのか?」

「ああ。町の周りの畑はしっかり区画が整備されているから、この住所を目指していけばいい」


 一定の規則に基づいて拓かれたアルクシエラの広大な耕作地はわかりやすく住所が割り当てられている。このあたりの傭兵であれば、住所を見ただけでどのあたりのどの畑なのか大体分かるのだ。

 ユリアも今回は気を利かせてくれていたようで、モグラ退治の依頼で指定されていた住所は町の門からそれほど離れていないところだった。

 俺はディオナを連れて、住所の記載がある畑へと向かう。目的地へ辿り着いたところで、彼女があっと声を上げた。


「畑が……」

「土喰いモグラにやられると、こうなるんだ」


 豊かに葉を広げ、青い穂を実らせる麦。大きな畑をめいいっぱい使って、大量の麦が育まれている。しかし、その敷地内を縦横無尽に駆け巡る土のラインが、丹精こめて育てられた作物を無情にも薙ぎ倒していた。

 ラインは不規則に折れ曲がり、周囲の畑にも関係なく飛び出している。その太さに様々な違いがあるところから、犯人が複数存在することが示唆された。

 オーガの里でも作物は育てていたという。厳しい環境と拙い農耕技術から、その実りは侘しいものだった。だからこそ、手塩にかけて育てた作物が獣によって荒らされたときの絶望感はよく分かるはずだ。


「土喰いモグラは養分の豊富な土を好む。畑なんかは恰好の餌場ってことだな」


 だからこそ農民側も魔物避けの魔法柵を建てたりして対策を講じているのだが、それも万全とは言えない。地中の深くから潜り込まれたり、そもそも柵の一部でも破損していたりすれば、そこから侵入されてしまう。

 そのため、土喰いモグラ駆除の依頼は絶えることがないし、農民たちの戦いは続く。


「いくら雑魚とはいえ、土喰いモグラも魔獣には変わりない。気をつけないと、腕をもう一本失くす可能性もあるからな」


 そう言うと、ディオナの顔に緊張が走り、その肩が強張る。少し脅しすぎたかと思ったが、彼女の瞳にはむしろ闘志の炎が燃え上がっていた。


「ワタシ、頑張ってモグラ退治する! それで、みんなの助けになりたい!」


 臆することなく、恥ずかしがることもなく。彼女は意気軒高に言い放つ。そして、俺の方へと振り返り、きりりと眉を引き寄せた。


「アラン、ワタシに傭兵の仕事、教えて!」


 傭兵は必要とされることで、生きる糧を稼ぐ。依頼があるということは、助けを求める声があるということ。その大原則を目の当たりにすることで、彼女も少し理解したらしい。

 俺は頷き、彼女の肩に手を乗せる。


「それじゃあ、まずは土喰いモグラの生態からレクチャーしてやろう」


 敵を知らねば、見つけるものも見つけられず、倒せるものも倒せない。武器を渡して適当な地面に突き刺せば、それでモグラが獲れるわけではないのだ。

 まさかここまで来て座学から始まるとは思っていなかったのか、ディオナは一瞬ぽかんとする。だが、俺は彼女を逃すつもりはない。一人前の傭兵になるには、しっかりと知識を積み上げることがなによりも大切なのだから。

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