第4話:指セーブと竜の力

 時と場所、そして環境を一切選ばず、レミィは熟睡することができる。

 これを豪胆というのだろう。

 野営地のテントの中、敷物の上に薄衣一枚を羽織った状態で眠るその姿。

 栄えある帝国の皇女殿下としては、あるまじき姿である。

 同行する護衛役の騎士たちにとっては、目のやり場に困る悩ましい状況。

 かと言って、目を背けていては不測の事態に対応もできない。

 決してやましい目で見ているつもりはないのだが、どこか後ろめたい。

 まぁそもそもくだらない悪戯をしようものなら、生きて帰れるはずもなく。

 相手は皇女であると同時に、少女の姿をした竜なのだ。


「ぬ……もう朝かえ?」

「お目覚めですか、殿下」

「うむ、あー、今は野営地だったのじゃ」


 寝惚け眼のレミィは、自ら髪をとかし、着替えを始める。

 今回は同行者に侍女メイドがいないため、その辺りは全て自分で済ませるしかない。

 男ばかりの騎士たちに着替えを手伝わせるわけにもいかないだろう。


「殿下……その、今後は同行できるような侍女メイドをお連れいただいた方が良いのでは?」

「はやぁ?」

「いえ、お着替えであったり、お化粧であったりと、我々ではどうすることも……」

「ほわぁ……へんおくのえーおのはなひもあっはのやが……」

「何を仰っておられるか、全くわかりません」


 着替え中のレミィに背を向けたまま、精一杯のツッコミを入れる。

 さすがに、あくび混じりに話すレミィの言葉は理解できなかったのだろう。


「いや、専属の侍女メイドの話もあったのじゃが……いろいろと面倒でのう」

「と、申されますと?」

「どこの貴族の娘じゃとか、どこの大商人の娘じゃとか……こっちが気を使うのじゃ」

「ふふ、なるほど……殿下らしいですね」


 お側付きの騎士と話している間に着替えも終わり、いつもの軍服姿でテントを出る。


「おはようございます殿下」

「おはようございます!」


 騎士たちが皆元気よく挨拶をしてくれた。

 朝の挨拶は大事だ、その一日の活力につながる。


「おはよう諸君。夜間の見張りご苦労だったのじゃ」

「いえ、殿下に安心してお休みいただくために」

「我々が役立てたなら本望です!」


 練習していたのかと思うくらい、二人の騎士はタイミングを合わせて応えた。


「うむ、わらわとて寝ておるときは無防備なのじゃ」

「やはり、そう……なのですか?」


 レミィの言葉に対し、若手の騎士が意外そうに聞き返す。


「竜が寝ている隙に不意を突かれ、宝を奪われたり討伐されたりする話は、聞いたことがないかえ?」

「あぁ、そう言えば……」

「貴様らのように、宝が自ら抗ってくれれば、竜も楽なのじゃ」


 何か意味ありげな笑みを浮かべつつ、レミィはそう答えた


「は、はぁ……」


 その言葉の真意を、理解できていたかどうかは定かではないが……。

 談笑混じりに、騎士たちはレミィの出てきたテントを片付け出発の準備に取り掛かる。

 と、そこに別の騎士から声がかかった。


「殿下、あの少年が目を覚ましました!」

「うむ、思ったより早かったのう」


 この明け方までぐっすり……いや、ぐったりだったが、ようやく意識が戻ったようだ。

 最低限の人員に片付けを任せ、レミィたちはその少年の元へと急ぐ。

 少年は、両手両足を拘束され、座るような形で近くの木に繋がれていた。

 昨夜のような狂犬じみた雰囲気はなく、おとなしいものだ。

 自分の置かれた境遇を理解しているのかどうなのか、目は虚で覇気も感じられない。

 だが、そこに同年代の少女が現れたことに気がつくと、少年は少しだけ動きを見せた。


「さて、話はできるかのう?」

「え……うん……」

「名はなんというのじゃ?」

「イチル……」

「ではイチルよ、昨夜のことは覚えておるかえ?」


 ゆっくりと問いかけるレミィに対し、少年はおどおどした様子で答える。

 襲ってきたことも含め、その辺りは覚えていないようで、首を横に振るだけだった。


「貴様は何処から来たのじゃ? どうしてこんな辺鄙なところを一人でうろうろしておったのかえ?」


 ただ、その質問に対しては、険しい顔つきで明らかに今までと違った反応を見せた。


「お……俺はっ! 逃げ出してきたんだ! あいつら、ずっと俺たちにあんな……」


 そう言うと今度は、何かに怯えたように、震えながら俯いてしまう。


「どこから、逃げだしてきたのじゃ?」

「……教会の裏……村の西の……孤児院ていうか……シスターが居なくなって……」

「ふむ……」

「……代わりにおっさんが来て……そっから……なんか……地下みたいなとこ……」


 辿々しい言葉に要領を得ない。


「……無理やり連れてかれて……みんな……首輪つけられて……変な薬飲まされて……」


 だが、出てくる単語をつなぎ合わせるだけでも、大体の事情は読み取れた。

 この少年が嘘をついていなければ……の話ではあるが。


 ──昨夜の此奴を見る限り、孤児を使った人体実験といったところかのう?


 今の少年に首輪は付いていないが、その跡らしきものは確認できた。

 何れにせよ、これ以上は精神的に少年の負担になるだろう。

 一旦制止しようとしたが、その時、気になる単語を口にする。


「……なんか“決まった日の夜”だけ……外に……そこで……そこで!? うわぁぁぁ!」


 そして、何かを思い出したのか、少年は突然叫び声をあげ暴れ出した。


「どうした少年!? 大丈夫か!」


 騎士たちは慌てて取り押さえようとするが、その驚くほどの怪力に苦戦する。

 二、三人掛かりでなんとか落ち着かせると、そこで再び少年は気を失ってしまった。





 少年の介抱を騎士たちに任せ、レミィは急ぎ予言書の確認をする。

 今回は、それをちょうど手にしたところで、光が放たれた。


 ──タイミングバッチリなのじゃ。


 そこに記された、新たな選択肢を確認すると……。



 ■65、月のない夜に生まれ出ずる獣……少年の心を蝕む教会の者を相手に君は……

 A:皇女の力で政治的に解決することに決めた。 →20へ行け

 B:竜の力で暴力的に解決することに決めた。  →43へ行け



「わざわざ新月を印象付けたのは、こういうことかえ……」


 少年の言った“決まった日の夜”というのは、おそらく新月の夜のことだろう。


 ──あの月を見上げていなければ、どう記されておったのかのう?


 予言書の内容は、選択肢を選んだ後に初めて記されていく。

 選ばなかった方の先は全くわからない。

 そう、どちらが正解だったのかは、選択肢を選んだ後にもわからないのだ。


「にしても……次の選択肢は難しいのじゃ」


 改めて選択肢は慎重に選ぼうと心に決めたレミィに、迷いが生じる。

 視察という名目もあり、領主に会うことは決まっている。

 今後のことを考えれば、政治的な解決をした方が良いのは間違い無いだろう。

 だが、あまり難しい話をするのは得意ではない。

 となると必然的にもう一つの選択肢になってしまうのだが……。


 ──この、暴力的……という書き方に悪意を感じるのじゃ。


 最善を取るべきか最適を取るべきか。

 なかなか決断できなかったレミィは、昨日の出来事を思い出した。


 ──そういえば、指を挟んでおったときは戻ってこれたのじゃ。


 野営前の予言では、片方の選択肢の行く末を先に見てしまった。

 そこには、思わず目を背けたくなるような、凄惨な内容が記されていた。

 結果、無意識に指を挟んでいた元のページに戻ってしまったのだ。

 この予言書で初めての選択をした時、選ばなかった方の選択肢は消えていた。

 だから“一度選択したものは取り消すことができない”と、そう思い込んでいた。

 だが、昨日は戻ることができた……。


 ──指を挟んでおったからか……そもそも常に戻れるのか……


 条件も制約もわからないが、一度戻ることができたのは間違いない。

 であれば!


 ──うむ、もう一度試してみるしかないのじゃ。


 今回の予言が書かれたページに指を挟み、一方の行く末を試しに見てみることにした。

 まずは、政治的にやってみるとどうなるのか、その番号へと進む。

 そこには、思っていたよりもまともな結果が記されていた。

 それなりに領主と話し合い、教会を調査してもらうことで被害者も数名救出できる。

 だが犯人については、首謀者らしき者に逃げられてしまうという内容だ。


 ──ふむ……で、ここで戻ってみるとどうなるのじゃ?


 確認のため、レミィは躊躇なく指を挟んでいたところまで戻った。

 二つの選択肢は……どちらも消えていない。


 ──うむ、確証はないが、戻ることはできそうなのじゃ。


 そう考えながら、もう一つの選択肢が示す番号へと進む。

 暴力的にやってみるとどうなるのか。


「……こういうこともあるのかえ……」


 ひととおり目を通したレミィは、つい独り言を口にする。

 そこに記されていたのは、領主の館に行く前に教会を訪れ殲滅するという強行策。

 少々気になることもいくつか記されてはいる。

 だが結果的には、こちらの選択肢の方が大きな成果を得られそうだった。

 首謀者に逃げられてしまうという点では変わらない。

 ポイントは被害者に関して、全員無事救出できたという記述だ。

 やはり“数名”救出と、“全員無事”救出という記述には大きな差がある。

 先の選択肢では、もしかすると死傷者が出てしまうのかもしれない。

 それは、あまり望むところではない。

 ならば、暴力的な解決の方が良いのではないか?

 決して、政治的に解決するのが面倒だからではない。


「ふふ〜ん♪ ならば気は進まんが、竜の力で行ってみるかのう〜」


 悪戯な笑みを浮かべながら、レミィはそう呟いた。

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