第3話:少年と竜の皇女

 皇族を伴った野営といわれると、物々しい姿が想像されるかもしれない。

 ましてや、それが唯一の皇位継承権を持つ少女を連れているとなれば尚更のこと。

 だがその実、一般的な旅人の野営と大差はない。

 せいぜい中央に用意されるテントが若干豪華だという程度だ。

 そもそもレミィは、その辺りにあまり拘りがない。

 地面が硬かろうが、寝具が質素だろうが、そこで寝ろと言われればいつでも寝られる。

 暑さも寒さも、耐えようと思えば耐えられる。

 大量の金貨の上で眠りたいという願望だけは常に抱いているが……。

 何れにせよ上流階級の者にしては非常に珍しく、ある意味扱いの楽なお嬢様だった。


「殿下、準備が整いました」

「うむ、ご苦労なのじゃ……。あ、そうなのじゃ!」

「何かございましたか?」

「野営地に何者かが近づいてきたら、必ずわらわに声をかけるようにのう」


 レミィは予言書の記述に従い、自分が対処するための予防線を張る。


「何者か? こんな辺鄙なところで……ですか?」

「うむ。こんな辺鄙なところで……なのじゃ」

「は! 承知いたしました」


 最初は疑問を持っていた若手の騎士だったが、レミィの言葉を受け素直に了承した。

 そして言葉のとおり、その夜、野営地には不審な来客が訪れる。





「止まれ! 何者だ!」

「まだ幼い少年のようだが……殿下に報告を!」


 レミィは、事前に騎士たちに話を通していた。

 惨殺される……かもしれないという話は伏せたまま……。

 相手がどんな外見であっても油断せぬようにと。

 結果、騎士たちは警戒体制のまま、すぐにレミィを呼びにいくことができた。

 さて、ここからどう出るか……。

 まだ予言書の続きは真っ白なままだったが、レミィは記述どおり直々に出迎えた。


「こんな夜分に、妙な客人なのじゃ……貴様は……」


 と、一歩前に出て、相手に問い掛けんとしたところで言葉を止める。


 ──なるほどのう……。


 一見すると、ボロボロの布を纏った人間の少年。

 確かに人間であること、少年であることは間違いなさそうだ。

 だが、どう見てもまともな状態ではない。

 血走った目でこちらを睨みつけ威嚇している。

 よく見れば、ところどころ返り血を浴びているようだ。


「殿下! これ以上は危険で……」

「いや、おまえは下がってろ! 殿下にお任せするんだ!」

「しかし我々は殿下の!」


 後ろで騎士たちが騒いでいるが、気にしない。

 おそらく今回の視察で初めて同行した新人がいるのだろう。


 ──そう言えば、今回は頻繁に世話を焼きに来ていた者が居った気もするのう。


 感心……している場合ではない。

 少年は、そのまま、いつ飛びかかってきてもおかしくはない体勢で身構えている。

 早急に目の前の脅威は無力化した方がいいだろう。


 ──早いところ、新人にも知っておいてもらわんといかんのじゃ。


 レミィがそう判断するが早いか、その少年は文字どおり牙を剥いて襲いかかってきた。

 あくまで冷静なレミィ、慌てふためく若手の騎士、ただ見守るその他の騎士。

 三者三様、さまざまな視点から襲い来る少年の姿が捉えられる。


「はぁ……貴様如き、わらわの相手ではないのじゃ!」


 レミィは、ため息混じりの言葉から、突然、傲慢な物言いで相手を一喝する。

 こんなに小さな体の、少女の言葉ひとつでどうにかなるものか?

 そんな若手の騎士の不安を他所に、事態はどうにかなってしまう。

 息巻いて襲いかかってきた少年の勢いは、レミィのたった一言に挫かれていた。

 血走っていた目は泳ぎ、その場で腰を抜かしたように倒れ伏して後ずさる。


「どうしたのじゃ? ほれ、かかって来んのかえ?」


 手を腰に当てて胸を張り、平伏す相手を見下すように、レミィは歩み寄っていく。

 その姿は、今まで目にしていたレミィの姿とは一線を画していた。

 凛とした表情、鋭い眼光から立ち居振る舞いに至るまでの全てがまるで別人である。

 その小さな体が、まるで巨大な別の生き物であるかのような錯覚に陥ってしまう。

 周囲に放たれた強烈な威圧感は、そこから逃げだすことも許さない。

 目の前にいる少女は、畏怖すべき存在として認識されたのだ。


「た……隊長……で、殿下は……」

「どうだ……凄いだろう……本当に……」


 同時に、馬はもちろん周囲の騎士たちも、その場にへたり込んでしまう。

 それを見て、レミィはようやく周囲全体を巻き込んでしまったことに気がついた。


「あ、忘れておった……すまぬのじゃ」


 緊迫した状況の中、いつもの日常会話のテンションで謝罪する。


「ガ……グァァァ……」


 少年は、雄叫びのような声をあげ、なんとか自分を鼓舞しようとする。

 だが心の奥底にまで植え付けられた恐怖は、立ち上がることすら許さない。

 そんな少年の目の前まで近づくと、レミィは軽く指で首筋を弾いた。

 そう、軽く、できる限り優しく、小石を弾く程度に。


「ゴァッ!」


 バチンッと肉を硬い棒で打ったような鈍い音が周囲に鳴り響く。

 少年は、獣のような呻き声とともに、その場に倒れ伏した。


「隊長……殿下は……まさか、あの噂は本当だったんで……?」

「なんだ、貴公は知らなかったのか?」

「殿下は正真正銘、竜の血を引く御方……聖竜の皇女みこ様だぞ?」


 尻もちをついた締まらない体勢のまま、騎士たちは好き勝手に話し始める。


「そうでもなければ、こんな辺境に同行者たった8名で視察に行くことを、皇帝陛下がお許しになると思うか?」


 それももっともな話だ。

 そう、コデックスがレミィ本人にも言っていた言葉。

 そして今、騎士たちが口にしている言葉のとおり、レミィには竜の血が流れている。

 角も、尾も、翼も持たないが、正真正銘の竜の力をその身に宿している。

 その異質な容姿も、カリスマ性も、竜の血の賜物だと言われれば納得の範疇だろう。


「では、さっきの殿下の……その、技というかなんというか……」

「あー、あれは……」

「あれは、竜の威光とでも言えば良いかのう……その存在だけで相手を畏怖させるという代物なのじゃ」


 腰を抜かした騎士たちの輪に入って、話に参加する。

 ここで新人相手に適当な説明をして、誤解されても後々面倒なのだろう。


「うむ、まぁそれはさておき、いつまでそうしておるつもりなのじゃ? そろそろあの少年をなんとかしてやってくれんかのう」

 すっかり和んでいる騎士たちに、レミィは事後の始末を指示する。

「は! 申し訳ありません……」

「手加減はしておいたからのう……暴れださんよう、しっかりと捕縛しておくのじゃ」

「は……はい! 承知いたしました!」


 ──いや、よく生きていたな……少年……


 騎士たちは皆そう思ったが、声にはださず、レミィの指示どおりに少年を縛り上げた。


「さて、わらわはちと調べたいことがあるでのう……テントに戻るのじゃ」


 そう言いながら、急ぎ確認のために中央のテントへと向かう。

 先の騒動の最中、予言書が光を放った瞬間をレミィは見逃さなかった。


 ──おそらく、あの光は続きが記されたというサインなのじゃ。


 凄惨な結果は避けられていると確信しつつ、腰のポーチから予言書を取り出した。

 手にしたところで、前の時と同じようにページは自動的に捲られていく。

 そこには期待していたとおり、新たに選択肢が追記されていた。



 ■18、その狂気に蝕まれていた少年を撃退した君は……

 A:何も考えず眠ることにした。         →40へ行け

 B:月のない夜空を見上げてから、眠りについた。 →65へ行け



 どこに違いがあるのかもわからない、微妙な選択肢。


 ──どちらも大差ないように見えるのじゃ……。


 最終的に眠りにつくことには違いないのだ。


「しかし……書かれておらねば、気づきもせんかったのう」


 予言書を手にしたまま、誰に話しかけるでもなく、そのままテントの外へ出る。


「今宵は、新月だったのかえ……」


 レミィは月のない夜空を見上げつつ、そう呟いた。

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