チームメンバーの一番後ろに、日本の大企業のオフィスだとなかなか見かけない、明るい茶髪のスーツ姿の男が立っていた。

 いや、飛び跳ねていた。


 チャラそうな顔つきの若い男は、人懐っこい笑顔を浮かべ。ここを体育館かグラウンドと勘違いしてるんじゃないかっていう勢いで、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 ついでに、全力で両腕も振っていた。


「…………」


 弾けるポップコーンのように飛び跳ねる男に、千秋の顔からすーっと表情が消えた。


 たぶん千秋の名前を呼んでいるのだろう。

 エサをねだる鯉のようにパクパクと口を動かす、無言なのにやかましい男から、千秋はすーっと目を逸らした。

 でも、男は大きく横っ飛びしたかと思うと、また千秋の視界に飛び込んできた。


 無言なのに、やかましい。


 千秋はさっと逆方向に目を逸らした。

 だが、男はまた横っ飛びで千秋の視界に飛び込んできた。


 また、逆方向に――。

 だが、男は横っ飛びで――。


 逆方向に――。

 横っ飛び――……。 


「ヒナ、うるさい!」


 四度目の攻防に入ろうとした瞬間、千秋は反射的に怒鳴っていた。

 学生時代のノリで。


 しん……と、あたりが静まり返った。

 訪れた静寂に、千秋はハッと口を押さえた。でも、後の祭りだ。


 ギシギシと、ぎこちない動きで周囲を見回すと、チームメンバーどころかフロア中の視線が千秋に集まっていた。

 全力疾走で逃げ出したいのを、何とか堪えている千秋の胸中なんて知りもしないで、


「こいつ、俺の幼なじみなんですよ! 運と要領悪いけど、めっちゃ真面目でいいヤツなんで。よろしくおねがいしまぁーす!」


 茶髪野郎は千秋を指さして、周囲に満面の笑顔を振りまいた。無言でもやかましかったけど、口を開くともっとやかましい。

 ついに耐えられなくなった千秋は、顔を覆って、アルマジロのように背中を丸めて小さくなった。


 慰めか、励ましか。岡本がそっと千秋の肩を叩いた。


 かっこいい大人の男への道のりもだけど……。

 きちんとした社会人への道のりも……遠退いた気がする。


 満面の笑顔で手を振る茶髪野郎こと、幼なじみ――百瀬ももせ 陽太ひなたを指のすき間から睨みつけて、千秋は涙がにじみそうになるのを必死に堪えた。

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