ポン、と岡本に肩を叩かれて、千秋は思わず一歩前に出てしまった。慌てて岡本を見上げると優しい目でうながされた。


 ――きちんとした社会人なら、きちんと、そしてさらっとあいさつぐらいしなきゃだ。


 千秋はこくりとうなずいて、背筋を伸ばした。


「今日からお世話になります、小泉 千秋です」


 チームメンバーの顔を端からゆっくりと見回した。

 あがり症で人前で話すのが苦手なのは、幼稚園の頃からだ。入園式、入学式の日には必ず吐きそうになってた。

 でも――。



 下、向くなって。みんなの顔見て、話せよ。

 最初が肝心なんて言うけど、緊張で声が上擦うわずってたとか、言い間違えてたとか。どうせ、あとになったら誰も覚えてないんだから。

 とりあえず、それっぽい顔して、テキトーなこと言っときゃいいんだよ。



 中学の入学式の日。ガチガチに緊張している千秋のほほを勢いよく叩いて、ニカリと笑った幼なじみの顔を思い出した。

 ムッとした気持ちと、ほほの痛さと。それから、肩の力が抜けていく感覚もセットで。


「わからないことばかりで、いろいろとご迷惑をおかけするかと思います。早く覚えられるようがんばりますので、よろしくお願いいたします」


 千秋は頭を下げたタイミングで、くすりと笑った。幼なじみの能天気な笑顔を思い出したおかげで、ちょっと緊張がけた。


 顔をあげ、チームメンバーの温かい拍手にもう一度、頭を下げて。

 一歩下がろうとした千秋は、視界の端で動き回る何かに気が付いて、そちらに目を向けて――固まった。

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