第8話 地下鉄ダンジョンのモンスターたち

 素早く透明な巨大エビに銃口を向けると、迷いなく引き金を引いた。

 エビの甲殻がどの程度の装甲か少し不安もあったものの、内側から撃ち抜くとエビの体を貫いて装甲を破壊した。エビは一匹だけではなく、周囲に七、八匹固まっていた。調理してあるとそうでもないが、足がばたばたと動いている様はつい虫の裏側を連想してしまう。


「なにこいつら! こいつはえーと、守護者的なやつじゃないよね?」

「こいつは普通のモンスターだ。見た目はちょっと……、アレだが」

「さっきエビって言ったじゃん!」


 そのうちの一匹がエビがぐるんと後ろを向くと、カンッという音を立てて銃弾がはじかれた。


「お!?」

「背中の方は強度があるな。足の方からやったほうがいい」


 ウラは素早く周囲に目をやり、近くにあった岩に目をつけた。あれだ、と指示を出すと、モモは岩に向かって跳躍した。モモの体は、普段であれば――現実世界であれば到底跳ぶ事はできない距離を跳び、更に岩場を蹴った。勢いよく、後ろを向いているエビの前に落ちていく。エビの足がわさわさと動く。モモは頭から落ちながら、透明なエビの内部を次々に撃ち抜いた。頭を打つ寸前にモモは体を捻り、地面に転がって距離を取りながら体勢を立て直した。


「戦い方がわかってきたようだな」

「なんとかね!」

「現実でやるなよ。たぶん失敗する」

「ヤな事言うなあ……」


 残りの透明エビは二匹だ。二匹はじっと動かず、後ろの背景とすぐに同化してしまった。


「うわ、またっ!?」

「落ち着け。透明といっても輪郭はあっただろ。少しずつ探れ。……二匹同時にやれよ」


 簡単に言ってくれるなあ、とモモは思った。それでもいまやらないと先へ進めない。後ろの風景と視界をずらしつつ、エビの姿を探した。

 銃を構えて少しずつ移動すると、次第にぼんやりと輪郭が見えてきた。一匹はこっちを向いている。もう一匹は……。


「……そこっ!」


 銃声は二発。

 一発はまっすぐに飛んで破裂した。そしもう一発は、円を描くように光を残した。モモに向かって帰ってきた光が、途中でドンッと何かに当たった。

 ドサドサと次々に透明なエビたちが地面に倒れ伏した。


「おーし、上出来だ」


 ウラの声が合図になった。

 モモはふうっと息を吐きながら、腰に銃を戻したのだ。


「もう銃撃つのになんの抵抗もなくなってる……」


 モモは若干ショックを受けていた。

 この間までごく普通の中学生だったのに、武器の扱いに慣れてきてしまった。せめて謝罪が欲しい。


「抵抗あったらおれ様が困るだろうが」

「そういう問題?」

「人じゃないしまだいいだろう。人型の敵も今後いないとは限らんが」

「それはそれでヤダなあ」


 果たしてダンジョンの敵とはいえ、人を撃てるのか。とはいえいまのところはゴリラみたいな魔物やバカでかいエビしか出てこないからまだいい。恰好がどう見ても海賊なのに戦っている相手がでかいエビなのもどうかと思う。


「よし、先へ進むぞ」

「はいはい」


 モモはまだ長い道のりを進むことになった。

 周囲は仄かに水の中のような軽い抵抗があったものの、障害になるほどではなかった。少しゆったりとした感覚はあるものの、難なく歩いて進める程度だ。周囲を見ると、ピンク色の小魚の群れが漂っていった。どう見ても小魚にしか見えないが、取り込まれた人間なのかどうかは判別できない。しかしウラによると、一人の人間がひとつの群体として散らばって存在することもありえるのだという。青色の小魚の群れが泳いでいくのを見ながら、ふうん、と答えるしかなかった。

 海の中としてダンジョン化しているだけあって、空間そのものは広かった。もっとダンジョンの壁にあたる部分があるのかと思ったが、今回は広い空間を彷徨うものらしい。ダンジョンというから、ゲームにありがちな壁に囲まれた迷路のようなものを想像していたが、こういうのもアリのようだ。


「こうしてみると色んなダンジョンがあるんだなー。動画では見た事あったけど」

「動画だと? 政府が出してんのか?」


 ウラはモモの頭の上に陣取って聞く。

 猫の口から政府という単語が出てくるとちぐはぐに感じる。


「そうじゃなくて、ダンジョン攻略委託されてる会社の人だよ。個人でやってる人もいるけど」


 ダンジョン攻略動画は、いまやひとつのコンテンツになりつつある。

 資格持ちの冒険者が機材を持ち込んで配信しているのだ。

 もともとダンジョン攻略は何日もかかるものだ。内部の状況を動画に撮っておいて、知識の共有をするのは理にかなっていた。そのうちに委託会社による啓蒙活動の一つとして動画をあげたり、個人でダンジョンの内部の様子を配信するようになってきた。一応はダンジョンの中の危険性を伝えたり、これから冒険者になろうという人達向けの動画ということになっている。ダンジョンの中はテレビカメラも滅多に入れないから、こうした映像が頼りになっている面もある。テレビでダンジョンの中の様子が見られるのは、特番で冒険者に密着した時くらいだ。

 ともかく、最近はそのせいもあって人気商売的な側面も絡んできている反面、ラスボスに挑むところなんかはあまり出てこない。もちろんその後ダンジョンがどうなるかもだ。


「ふん。こんなダンジョンに何日もかけるとはな」

「それが普通だよ、本来は」

「はっ。悠長なもんだ」


 頭の上に乗った状態の猫が言うにはちょっと似合わない台詞だ。


「だけどな、おれ様達だって、あまり時間はかけられんぞ。あまり時間がかかると……おまえも知ってるだろう、入り口にまで影響が出てくる。そうなると、外からでもここがダンジョン化してるとわかっちまうからな」

「あー……、それは、困るね?」


 ダンジョンは基本的に内部の構造が変わるものだが、時間が経つにつれて次第に外の構造も変わってくる。そうすると外からでも「ここはダンジョン化している」とすぐにわかるようになるのだ。それもそうだ。例えば地下鉄の入り口のあったはずの場所に突然、海底トンネルの入り口が現れたら誰だっておかしいと思うだろう。

 そうなれば、通報が増えてダンジョン対策本部に連絡が行ってしまう。ダンジョンとわかって中に入ったなんて知れたら、どんなことになるかわからない。怒られるだけで済めばいいのだが。


「せめてウラちゃんがなんとかしてくれればねえ……」

「おれ様に何を期待しとるんだ。それより、また敵が来てるぞ。構えろ」

「えっ、どこどこ!?」

「あいつ」


 ウラが前足で方向を示す。

 岩かと思っていたものが一斉にわらわらと動き出し、モモの背中にぞわっとしたものが走った。

「ヴァーーー!!?」

「うるさい」

 それは幾つもの貝殻だった。ただの貝殻じゃない。貝殻を背負った中身が顔を覗かせている。やや透明な、カタツムリやナメクジに似た肌がモモを見た。人の頭なら簡単に食べられそうなくらいの大きさがある。小さなものならともかく、巨大なものがこんなに集っているとさすがに背中に冷たいものが走るというか、ぞわぞわする。

「何あれカタツムリ!? なんかいっぱいいる!!」

「いやカタツムリじゃないだろこれは」


 どちらかいうと巻き貝的な貝といい、そこから透明な頭が出ていることといい、タニシに似ている。

 それどころか、中身がぐわりと顔らしき部分をあげると、ヤツメウナギのような円形の歯が並んでいたのだからたまらない。

 さすがにウラも「うわっ……」という顔をした。猫なのに。


「こんだけ居ると気持ち悪い!!」

「エ、エビもそうだっただろ……」

 なんとか目を逸らして、冷静さを保とうとするウラ。

「そうだったけど別ベクトルの気持ち悪さがあるー!!」

「泣くな。構えろ。あれはモンスターだ。やれ」

「ウラちゃんもなんとかしてよぉ!!」

「無理だ。おれ様はいまただの猫だぞ!!」

 無慈悲な一言が戻ってきただけだった。こういう時だけただの猫にならないでほしい。喋っている時点で充分にただの猫じゃないのに。

 ヤツメウナギモドキタニシが、しゃーっという声のようなものをあげながら突進してきた。

 モモは銃を構えると、とにかくヤツメウナギモドキタニシに撃ち込んだ。いままでに無いスピードで、というより数撃ちゃ当たるの精神でとにかく撃って撃って撃ちまくった。途中で何度もカチカチと弾切れを起こしつつ、銃のメーターが充填されるのを待つ時間も惜しむように撃った。そうしないとあのべったりとくっつきそうな歯並びに背筋が凍り付きそうだったし、動きも遅かったからなんとかなった。中身が頭だけ出していたのも幸いした。襲ってくるくせに中身が出ているのはありがたい。モモは中身の部分を重点的に撃ち抜き、さっさとやっつける事に集中した。でないと背中がぞわぞわとしてたまらなかったからである。

 すべて倒しきった後には涙目になっていた。


「おーし、だんだん射撃も上手く……いや、どうなんだ……?」


 ウラも首を傾ぐくらいだった。

 ダンジョンの床というか地面というかにもだいぶ撃ち漏らしたものがあったからだ。


 それにしてもだ。海洋生物が魔物として現れる事はなんとなく理解していたが、サメやウツボといった見るからに危険そうなものはなりを潜めていた。むしろこうしたバカでかいエビや、バカでかいタニシのようなものが襲ってくることが多かった。


「だいたい、なんで出てくる魔物が全部でっかいエビとかバカでかい貝とかなの」

「……地下鉄だからじゃないか?」


 ウラはどうでもよさそうだった。

 出てくる魔物がエビだろうがサメだろうが、ウラにとっては倒せればなんでもいいのだ。倒すのはモモだから全然良くないのだが。


「なんで地下鉄だとエビとか貝なんだよ!」

「なんだおまえ、知らんのか。地下鉄には意外にエビだの貝だの生息してるんだぞ」


 普通に解説されてしまった。


「それに、ゴキブリよりいいだろ」

「出てきそうだからそれ以上言わないで。髭引っこ抜くからね!?」

「あ?」


 モモは青い顔で抗議したのに、返ってきたのはガラの悪い一言だった。


「そもそも地下鉄なんぞ、虫の宝庫だろうが」

「それはそうだけど、なんでエビ?」

「地下だからだ。地下鉄は地下を掘って作ってあるから、普通に地下水が漏れてんだよ。そうすると、地下水に住んでる小さいエビだの貝だのが水に混じってんだ」

「へー。というかなんでウラちゃんはそんなこと知ってるの」

「おれ様だからだ!」

「急に雑!」


 雑な説明で流された。動画サイトは知らなかったくせに。

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悪夢の迷宮には猫が要る 冬野ゆな @unknown_winter

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