第23話  怪しさ

 翌日の夜。佳奈の誘いを断った古都は、恋人の紗良といつも通りの穏やかな時間を過ごしていた。しかし、古都のスマートフォンの着信音でそれからの空気は覆ることになる。


(ん?え、佳奈?)


 着信の相手の名前を見て古都は驚いた。普段なら佳奈は、俺が紗良といることを考慮して直接電話などかけてこない。なんで・・・と思ったが、出ない選択肢が浮かばなかった。


「ちょっと、親から電話だから話すついでにコンビニ行ってくる。」


 下手な嘘だっただろうか?「別にここで話しても良いのに。」と言う紗良に気遣うふりをして俺はさっさと財布をズボンのポケットに入れて靴を履いて玄関を出た。


 早歩きをしながら、家から少し離れたところで電話を折り返す。


「もしもし?」


「もしもし、佳奈?どうしたんだ?」


「・・・ごめんね、急に電話して。大事な話があるの。すぐ近くにいるから少しだけ会えない?」


「いやぁ・・・どうかな・・・。ちょっとムリかも知れない。」


「お願い。すぐに済ませるから。会って話したいの。」


 そこまで言われたら断るに断れない。じゃあ、駅前でと通話を切って、俺は時間の短縮のために走り出した。


 駅前に着くと、すでに佳奈がいた。


「どうした?なにがあった?」


「うん、ごめんね。彼女といるの知ってたのに。」


「ああ、いや、いいよ。こないだは悪かった。鉢合わせして嫌な思いをさせたかもと思って・・・。」


「ううん。仕方ないよ。知らなかったんでしょう?慎也とはあのせいで少し喧嘩したけどね。」


「そうなのか・・・。それで、、どこか店にでも入るか?」


「あのね?すぐに済ませるけど人に聞かれずに話したいから、そこのラブホに入って良い?」


「え?でも俺は本当にあまり時間が・・・。」


「わかってる。すぐに済ませる。」


 そうして押し切られるように目視できる距離にあるラブホテルへと向かい、二人で中へと入った。30分。30分だけなら紗良に怪しまれないか。。。


 部屋のドアを開け、中へと入ると、佳奈はソファがあるにも拘わらずベッドに腰をかけた。無言の空気を読んで俺も隣に腰をかける。


「それで?」


「あ、うん。こないだ古都に出くわしたときに慎也と喧嘩したって言ったでしょ?それは仲直りできたから良いんだけど、私そろそろ慎也と結婚することになると思うの。」


「え?」


「それで、返事に悩んでることもあって、どうしても古都の顔が見たかった。」


 佳奈が体をしなだれて俺の胸にもたれかかる。反射的に俺は佳奈の体をそっと抱いた。


「そうか。・・・で、悩んでるんだな?その、、結婚。するか、しないか。」


「そうね。古都のことももちろんあるし、それがなくても慎也と結婚ってことをまだ悩んでる。」


 ああ、どこかホッとしている俺。


「そうか。考える時間をくれとちゃんと言えば良いよ。佳奈の選ぶことだ。」


 どの口が言うのだろう。自分でそう思ったが、佳奈に結婚の意思を固められるのが嫌で勝手なことを口走った。


 そんな重苦しい空気もあってか、一度だけという佳奈に押し切られて、俺と佳奈は少なくともそこで1時間はいてしまった。愛し合ったからだ。


 慌てて体だけ軽くシャワーを浴びると、着る物を着るだけで俺たちはホテルを出た。


「ごめん、俺本当にもう行かないと。」


「うん、いいよ。行って。ごめんね、急に。」


「ああ、じゃぁ、また別の日に・・・。」


 考えることが増えた・・・と座り込みたい気持ちなのに、俺は走って紗良の待つ家へと戻るのだった。


 息を切らして戻った途端、これでは怪しまれると冷静になって、3,4分の間に息を整えると、馬鹿な俺はコンビニに行くと言ったのに何の買い物もしてこなかったことに気づく。


「ただいま。ごめん遅くなって。」


「うん、どうしたんだろうって心配したよ。大丈夫?」


「ああ、いや。うん。ちょっともめ事があったみたいで、実家で。それで。」


「そっか。それは大変・・・コンビニ行かなかったの?」


「ああ。思ったより話し込んじゃって。外でずっと電話してた。本当に悪い。」


「良いけど、、?」



(石けんの匂い、しない?)


 紗良は古都の行動に怪しさを感じ取った。


 その頃の佳奈は、


「どうかな。少しは怪しんでるかな。」


 と、自分と古都の関係が紗良に少しでも怪しまれることを期待していた。

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