第二十四話  こちら道森運送でーす

「もしもし、道森です」

『あら雪忠くん、おはよう』

 早苗さん家に電話をかけたら、出たのはおばさんだ。

「おはようございます。昨日母さんから、結依ちゃんかぜひいたって聞いて」

『そうなの。今朝もまだ、元気はないみたい』

「そ、そうですか。あ、えっと、昨日父さんがアイスクリームを会社でたくさんもらってきたみたいで、よかったらおすそ分けとか、どうかな~……なんて」

『まあ、この前もお土産をもらってきたみたいだったけど、そんなにたくさんいいの?』

「どうぞどうぞ。父さん母さんは、むしろ持っていってあげて、元気な顔をまた見せてほしい、なんて言ってます」

『雪忠くんのおうちのみなさんに、お世話になりっぱなしね。それじゃあ、お言葉に甘えて、いただいてもいい?』

「どうぞどうぞ。今から行っていいですか?」

『ええ。結依にも声をかけておくわね』

「あーそんな、起こしてだいじょぶですかっ?」

『大丈夫よ。むしろ起こさないと、雪忠くん来たのになんで起こさなかったの、って怒られそうだわ』

(おうちでそんなこと言うキャラクターなの結依ちゃん?!)

「じゃ、じゃあ……い、行きまーす」

『ありがとう、気をつけてね』

「はい、ではっ」

 ここで僕は、受話器を置いた。


「じゃあ、いってくる」

「いってらっしゃい!」

 母さんに見送られながら、僕は小型の黒色リュックを背負って……いくぞっ!

 ちなみに服は、白い半そでシャツに、紺色の綿パン。


 リュックの中に、内側が銀色な保冷バッグが入っていて、その中に保冷剤と小さいアイスクリームをむっつ入れてきた。味いろいろ。ドライアイスはさすがにうちにはないよ。

 そして僕は青色のマウンテンバイクを駆っているっ。前3×後ろ7段の変速機付きだぞっ。

 小学生のときに買ってもらって、ずっと使ってる。僕は結構長く補助輪使ってたなぁ。い、今はもうなくて大丈夫だからっ。

 前に結依ちゃんから、自転車も車も青だねって言われた。確かにそうだった。車の方が濃い青だと思うけど。

 そんな結依ちゃんが、今……苦しんでいるっ!

(きっと大丈夫だと信じているけど、だいじょばなかったら……僕やばいよ)

 ぶんぶん。運転に集中集中! こけてアイスクリームひっくり返ったらだめだし!


「こんにちは~」

「いらっしゃい、雪忠くん。わざわざありがとうね」

 インターホンに出てくれたのも、お馴染み深い赤茶色な玄関のドアを開けても、おばさんが出迎えてくれた。

「どうぞどうぞ。ちっちゃいのむっつ入れてきました!」

「まあ、ありがとうね。さ、上がって。早速冷凍庫に入れていいかしら?」

「どうぞどうぞっ」

 ということで、僕は早苗さんのおうちへ上がった。


 早苗さんのおうちは、広さで言ったら、うちと似たような大きさなのかな? この辺りは団地だから、ほとんどの家が一倍、たまーに隣り合わせの二区画で一倍+車庫まるまる一倍とか、二倍のおうちとかもある。

 うちと似たような、白いテーブルクロスが敷かれた、大きな木のダイニングテーブルで、リュック置いて~保冷バッグ出して~開けて~

「これです」

「かわいらしいサイズだけど、いろんな味があるのね。雪忠くんなら、結依にはどれを食べてもらったら、いいと思う?」

「ん~……ストロベリー?」

「じゃあ、結依が食べたいって言ったら、まずストロベリーをあげるわね」

「は、はい」

「いつもありがとうね」

「い、いえいえ」

(……それは僕がいつも結依ちゃんのこと考えちゃっているからね!)

 実際結依ちゃんは、どの味がいいんだろう?

(アイスクリームなら、なんでも食べそゲホゴホ)

「よかったら、結依の顔も、のぞいていってあげてくれる?」

「は、はいっ」

 そのセリフをおばさんが言わず、僕が帰ってしまったら、また結依ちゃんぷんぷんキャラクターになっちゃうのだろうか。


「結依ー。雪忠くんが来たわよ。入ってもらっていい?」

「うんっ」

 おお結依ちゃんの声っ。ああきっと声張らせたよねごめちょっ。

「それじゃあ雪忠くん、結依に元気を分けてあげてね」

「が、頑張ります」

 あ、おばさんはここで一階へ戻るんだ。ぼ、僕が単独突撃っ!?

(でもここで入らないという選択肢は、あるわけがないっ)

 僕は銀色で横長タイプのドアノブを、ゆっくり下ろして……押して開けたっ。

「や、やあっ」

「おはよけほっ」

「ああ寝てて寝ててっ。は、入りまー……す?」

「どうぞ」

 ちょっと弱々しい結依ちゃんの声。がらがらって感じではない。あぁ僕は結依ちゃんのお部屋に入って、ドア閉めてっと。

 結依ちゃんのベッドの横に、オレンジ色の折り畳みテーブルが展開中。その上には、かぜ薬やガラスのコップや、透明の液体が入った縦長の入れ物や、体温計と思われる棒状の青いケースなどが置かれてあった。

 結依ちゃんはベッドに座って、僕を見ている。ひまわりの絵が描かれてある、ピンクいパジャマ姿でっ。

 髪は下ろされていて、顔の表情は……た、たぶん大丈夫そう。

 僕は結依ちゃんに近づきながら、おしゃべりをすることにした。

「おばさんとしゃべってるときに、結依ちゃん起こさなかったら、なんで起こさなかったのって怒りそう、って言ってたよ」

 まばたきは、いつもとあんまり変わらないかな。

「……怒らないけど、言うと思う」

「おばさん的中」

 よかった、結依ちゃん笑顔やないかっ。

 ということで、僕は結依ちゃんのベッドのそばに座った。

「来てくれて、ありがとう」

 来てくれてありがとうって言ってくれてありがとう!!

「ど、どういたしまして~。道森一家みんなが結依ちゃんのことを、心配していたよ」

「みんな?」

「うん。母さんなんか特に。結依ちゃんの元気な顔見たいってさ」

「……頑張りまけほっ」

「あぁついいつもみたいにしゃべらせちゃったね! 寝てて寝てて!」

「うん」

 ようやく結依ちゃんが、布団を被って横になってくれた。

 僕は、ちょっと折り畳みテーブルさんをずらさせていただいて、結依ちゃんにもうちょっと近づいた。ベッドに両腕を乗せる。

 横になった結依ちゃんだけど、相変わらず僕を見てる。髪がちょっと顔にかかってる。

「な、なにか御命令があれば、どぞ」

 なんで僕は、結依ちゃんのまばたきだけで、はいかよくわかんないかが、わかってしまうのだろう。

「た、例えば、この液体飲むなら注いであげる~とか、薬飲むなら開けてあげる~とか?」

「さっき飲んだかけほっ、だいじょけほっ」

「んあぁ~なんで僕はつい結依ちゃんをしゃべらせてしまうんだぁ~!」

 僕が頭を抱えても、笑ってくれる結依ちゃん本気マジ天使。

「私も、雪忠くんがいたら、ついおしゃべりしちゃう」

「それ僕来たらだめだったんじゃぁ~」

「来てくれたら、元気出る」

「じゃ来ます」

 ほんとにもう結依ちゃん……健気けなげ

「雪忠くん」

「なになにっ?」

 もうなんでも命令しちゃって!

「また……いててほしい」

 ……やっぱり結依ちゃん、体力減ってるのかな。いきなりもう、おめめが少し閉じられそうになっている。

「前みたいに、結依ちゃん寝てる間に、ここでお菓子作りマンガ読んでていいってこと?」

「うん」

 弱々しいうんだけど、笑顔を見せてくれている。

「でも、うつしちゃう……?」

「むしろうつして! それで結依ちゃんが元気になるのなら!」

「雪忠くんも元気じゃないと、いや」

 結依ちゃんのいやいただきましたっ。

「ぼ、僕はそんなにかぜひかないから、だいじょぶだいじょぶ」

 結依ちゃん、もう寝ちゃいそうだ。

「じゃ、じゃあこうしよう! もし結依ちゃんからうつって僕が寝込んだら、今度は結依ちゃんが来てよ! ど、どうっ?!」

 そんな眠たそうなのに、まだ笑顔を作ろうとしてくれているなんてっ。

「うん、行く」

 よしうんいただきました!

「さあどうぞどうぞ寝て寝て! 僕ここでマンガ読んでるから!」

「うん……」

 やっぱりしんどいのかな。目を閉じて、おやすみモードに入ったみたいだ。

 両手おててが顔の近くに置かれてある。

 ……まぁ僕は、結依ちゃんのお顔いくらでも見ていられる会のメンバーだから、結依ちゃんの寝顔いくらでも見ていられる会に入会できる素質は持っていると思うけど。

(マンガ読も読もっ)

 結依ちゃんには、元気になってもらわなきゃっ。


「結依、入っていいかしら?」

 両手をぐーにして、ぴーんとしながら怒ってるシーンのところで、僕はマンガを~……ベッドの上に置いて、僕がドアのところへ。結依ちゃん寝てるぅ。

 僕がドアを開けたら、もちろんそこにはおばさんが。

「結依ちゃん寝ちゃって~。でもマンガ読んでていいって言われたので、僕はマンガ読んでました」

「あらあら。結依がそう言ったのなら、雪忠くん、もう少しいてあげてくれるかしら?」

「よ、喜んでっ」

 御母様からもいててと言われました!

「それじゃあ雪忠くん、もし結依が起きておなかすいたって言ったら、知らせてくれるかしら? いつでもうどんを作れるようにしておくから」

「わかりました」

「よろしくね。あ、これ飲んで」

「いただきます」

 木のおぼんに乗せられていたのは、ガラスのコップに入れられし、たぶんグレープジュースふたつと、木の器に地図記号が刻まれた一口チョコレートが、いっぱい入っている。空の木の器もあって、こっちに食べた後の袋入れてねってことかも。

 グレープジュースのコップには、どちらも取っ手付き木のふたが乗ってる。

 僕はおぼんごと受け取った。

 おばさんはそのまま、ドアノブを握って、ちらっと結依ちゃんを見てから、ドアを引いて閉じた。

(そしてまた静かっ)

 ……ちょっと結依ちゃん見てみよ。

 僕はおぼんを折り畳みテーブルの上に置いて、結依ちゃんを見てみる。

 さっきと同じ位置で寝ていると思う。いつも夜に寝るときと同じなのか、今はちょっと苦しいからこの体勢なのか、ただの僕の気にしすぎなのかっ。

(マンガ読も読も)

 結依ちゃんなら大丈夫大丈夫! きっとそのうち起きて、おなかすいたって言ってくれるさ!


「……んっ」

 ちらっ。結依ちゃんが動いている。

 ゆーっくりおめめが開いて、あちこち見て、僕を見つけた。

「やあ結依ちゃん!」

 まばたきもゆ~っくり。

「……おはようっ」

 やっぱその声が出る目覚まし時計欲しいって!

「おはよう! あーその、おなかすいてる!?」

 さあ言え! 言うんだ! 言えば楽になるぞ!

「……すいてる」

 結依ちゃんのすいてるいただきましたぁ!

「おばさんがうどん作るって! 食べたい!?」

 よく考えれば、起きたばっかりでぽけ~っとしている結依ちゃんに、畳み掛ける僕っ。なんて悪いやつ!

「雪忠くんはけほっ」

「ぼ、僕も!? 食べていいなら食べたいなぁ!」

 ゆっくりまばたきしながら、ちょっと笑顔。

「うん」

「じゃあ僕は伝令にいってきます! 結依ちゃんおなかすいたを聞いたら、教えてほしいって言われてるから!」

 ……おっとこの場面ではうんじゃない?

「私も行く」

「だ、大丈夫?」

 心配する僕をよそに、結依ちゃんは体をゆっくり起こして、

「……起きても雪忠くんいて、元気出たからっ」

 今日いちばんの笑顔いただいて、

(やっぱり僕は結依ちゃんが好きだぁーーー!!)

「よし、いこうっ。立てる?」

 僕は結依ちゃんに右手を差し出した。

(……差し出した?!)

 いやまぁその、勢いそのままに手を出しちゃって、今さら引っ込めるわけにも……?

 結依ちゃんは、速度がだんだん普通のまばたきに近づいてきている。僕の手を見ながら。

 でもその手を見ながら、ちょぴっと笑顔になってくれて……布団から手をゆっくり出して、布団をんしょんしょとのけて、

(あぁ僕がのけてあげたらよかった?)

 で、でも今さら引っ込めるわけにも?

 もう出られるっていう状態になってから、りょ、両手でっ

(ひょうぉうふぉ~!)

 ゆゆ結依ちゃんが両手で僕の手を握ってきましたあああ!!

 すべすべです! すべのすべですべすべです!

 しかも結依ちゃんを起こすということは、それなりに力を込めて、ぎゅっと握らないといけないわけで!

(こっ、これはあれだ! 結依ちゃん弱ってるから、僕が起こしてあげているだけさ! うんうん!)

 ぁぁあくまで僕はかぜひいてる人を支えているだけなのさっ! ……結依ちゃんだけどね!!

 結依ちゃんは、それはそれはもうもうしっかりと僕の手を両手で握りながら、体を動かして、立ち上がった。

(近いっス!!)

 立ち上がって僕を見る結依ちゃん。あ、結依ちゃんはすっと手の握りを解除した。

(た、立ち上がるために助けただけだもんね!)

 さすが結依ちゃん、かぜだというのに、しっかり布団を直している。その時、グレープジュースと地図記号一口チョコレートを発見。ちょっと中腰な感じで、じぃっと見てる。

「結依ちゃんが寝ているときに、おばさんが持ってきたんだよっ」

 まだ見てる。あ、こっち向いて、立った。また笑顔なっちゃってる。

「て結依ちゃぁん?!」

 めちゃくちゃ笑顔で僕の左手を両手で握にぎにぎぎぎっ。

(立ち上がるときだけじゃないんスかぁ~!?)

「あ、い、いきましょうかっ」

「うん」

 本日いちばん元気なうんをいただいた気がします。ひょっとしたらそれ、いつもより元気なうんだったりするんじゃ……?


 結依ちゃんは階段を下りるときには、左手を手すりに添えていたけど、右手はがっっっつり僕の左手握っちゃってっ。

 ゆっくり階段を下りきったところで、

「あ、え、なに?」

 さすがに~、このタイミングでまっすぐ僕を見られるのは、ちょっとどういうことなのかわかんない。わかるのはすんごく僕がどきどきしているということだけ!

(近い結依ちゃんんん!!)

「……雪忠くんが来てくれて、こんなに元気が出るなんて……びっくりしてる」

 あえおうえっと、えーっとっ、

「お、お役に立てられて、光栄の至りです」

 ちょっと視線が下がってるけど、ちょっと笑ってる?

「……本当に、ありがとう。雪忠くんは、私にとって……元気の源っ」

「それはなによりでござりますぅ!」

 僕の声がちょっと裏返え気味になったのは、再び結依ちゃんが僕の左手を両手で握り直ししたたしたた。

「……もし雪忠くんが、元気なくなったら、私を呼んでね」

 なんっ……て頼りになる回復役。

「元気ある時に結依ちゃんと会ってるから、元気なくならないかもっ」

 守りたすぎる、この笑顔!

 このタイミングで結依ちゃんは手を離して、リビングのドアを開けた。

(今のはやばかった……)

 まだどきどき継続してるけど、僕も入らなきゃっ。

「結依、どうしたの? 大丈夫?」

 おばさんは台所にいたみたいだ。

「おなかすいた」

 でたーっ! 伝家の宝刀、結依ちゃんのおなかすいたー! おばさんもでたーってなったのか、ちょっと顔がゆるんだ気がする。

「うどん食べる?」

「うん」

「おあげも食べる?」

「うん」

 かけうどんじゃなくきつねうどんをオーダー!

「雪忠くんも、一緒に食べていってくれる?」

「うん」

「ぐは! 結依ちゃん!」

 うわめっちゃ結依ちゃん笑ってるぅ! まさかの僕を押しのけての強制うん炸裂!!

「おあげも食べる?」

「うん」

「ってだから結依ちゃーん!」

 とうとう右手が口元に! なんという最上級にこにこ!!

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