第二十話 夏休みが近づいています。テストもだけど。
「こうして見てると、女の子がもう一人増えたみたいで、いいわねぇ」
「いや、早苗さんのところの女の子減らしちゃだめだと思う」
「みたい~よ、み・た・いっ。エアコン、好きなだけ温度変えていいからねっ」
「ありがとうございます」
もはや恒例になりつつある、テスト前の合同宿題会。今日のは社会だ。教科書を読んで、プリントの空欄の言葉を書いていくもの。
母さんが、暑い夏にお馴染みのレモネードふたつと、やっぱりマシュマロを置いてくれた。
もうそのイルカさんガラスコップは、結依ちゃんの物と言ってもいいような……。コアラさんのは僕の。
今日の結依ちゃんは、白いブラウスにひざ下くらいまでの水色のスカート。珍しく髪をひとつにまとめている。夏仕様結依ちゃんかもしれない。
僕は深緑色の長そでシャツに黒の綿パン。
「ああ、そういえば蘭子が今年も帰ってくるわよ。電話で話したけど、結依ちゃんに会いたがっていたわよ~?」
「私?」
「『妹に会いたいのは姉として当然の感情!』とかなんとか。わかるわぁ~」
ツッコむ要素多すぎなうえに、その感情わかるの?
「私も、蘭子お姉ちゃんに会いたい」
「ああっ。蘭子泣くわ……お母さんも泣いちゃうっ」
なぜ母さんもっ。
(お?)
聴き慣れた車の音が。聴き慣れまくったアクセルワークで、車庫入れする車の音が。
「お父さん帰ってきたみたいね。レモネードもうひとつ用意しましょっ」
母さんが台所へ向かい、結依ちゃんも僕も、いったん手を止めて、レモネードを。すっぺうま。
そして玄関のドアが開く音が。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
ちなみに母さんのおかえりなさいは、我が家で最速の早撃ちである。
「ただいま、おお結依ちゃんいらっしゃい。今日は暑いねー」
「おじゃましています」
結依ちゃん。その頭のちょこんと下げ具合を含め、隅から隅までいいこだけど……どこでいいこ修行を積んだんだろう。
「おかえり」
「ただいま雪忠。ああそうだ、来週の土曜日に食品展示会へ行くことになったんだ。付き添いに制限はないんだけど、よかったら二人も来るかい?」
父さんからの提案。ふ、二人って~……
「食品展示会って、お試しのを食べたり持って帰ったりするやつ?」
僕は前についていったことがあるからね。
「そうだ。いつもは関係者だけの会が多いんだけど、今回のは、事前に申し出れば、だれを連れていってもいいみたいだからね。社会見学だとでも思ってさ。結依ちゃんもどうかな?」
(ゆいちやんもどうかな?!)
あ、振り返って僕見てきた。
「……どう、かな?」
また父さんの方へ向き直って、
「いいのですか?」
「いいとも」
またゆっくり僕を見てきた。
「ゆ、結依ちゃんさえよかったら、一緒に……どうょ?」
と聞いたら、ちょぴっと笑顔になってくれて、
「うんっ」
ということで、食品展示会に結依ちゃんと一緒に行くことが決まりました!
「私も行きたいです」
「そうかっ。じゃあ二人の名前を書いて出しておくから、正式に入場許可が下りたら、雪忠に知らせるからね」
「よろしくお願いします」
ひとつにまとめられた結依ちゃんの髪が、本日も実にお元気そうです。
「はぁ~い、レモネードよ~」
「お、じゃあ手を洗ってくるよ」
……母さんじゃないけど。ほんと結依ちゃん、我が家に溶け込んでいる気がする。
父さんは洗面台へ向かったみたいだ。
「雪忠くんは、行ったことあるの?」
「食品展示会? あるよ。前行ったのは……一年生のときだったかな? ああ
「どんなところ?」
「いろんな会社さんが集まってー……食べたりお土産くれたり? 父さんは、なんか難しそうな話をしてたけど」
これはあまり伝わっていないなっ。
「結依ちゃん、この前ロールケーキおいしい~、って食べてくれたでしょ?」
母さんが新たに二人分のレモネード、つまりライオンさんコップとキリンさんコップをテーブルの上に置きながら、結依ちゃんの向かいに座った。
「はい。おいしかったです」
「あれはね、まだスーパーとかに置いていない物なの。お試しでこんなの作ってみました~ぜひ食べて感想聴かせてくださ~いもっと改良していきま~す、っていう感じかな? ついでにうちの会社こんな感じなんです~、っていう紹介も兼ねているけどね」
結依ちゃんは、じぃっと母さんの話を聴いている。
「もちろん、すでにスーパーに置いてある物を、展示会に持ってくることもあるけど、そうやっていろいろ改良したり、いろんな人や会社とつながったりして、よしこの商品でいこう! ってなった物が、スーパーとかを通じて、みんなのお手元に届くわけねっ」
社会の授業とかで、文字としては習ったことがあるかもしれないけど、実際は父さんたち大人さんが、いろんな人とたくさん話し合って、決めているんだなぁ。
「あのロールケーキ、もうお店に売っているのですか?」
「どうかしら~? Goサイン出すのって、結構慎重にするものだし、もちろん企業によりけりなところもあるしっ。ひょっとしたら、お店に並ぶ前にやっぱやーめたって、開発が中止になっちゃうこともあるしっ」
「そうなのですか」
「そうなったら結依ちゃん、幻のロールケーキを食べたことになるわねっ」
ここで父さんがやってきた。
「まあ結依ちゃんたちはまだ中学生なんだから、学校の授業を頑張って、元気に過ごしてくれれば、それで充分だよ。子供は宝ってね。んぐ、お、うまいねー」
父さんレモネードを一口。
「でもその中で、僕たち大人がそれぞれ頑張っていることを、少しでも感じてくれたら、それだけで僕たちみんな、うれしいよ」
当たり前だけど、僕の父さんと母さん、大人なんだなぁ~。僕なんて、その日一日結依ちゃんが~友達が~とか、そんなことで頭いっぱいな気がするよ。
「頑張って、いい大人な人になりたいです」
「結依ちゃんならなれるよ。なあ?」
「将来超有望よ! 雪忠、結依ちゃんといつまでも仲良くするのよ?」
「ぼ、僕ぅ? う、うん、それはもちろん」
改めて、こっちを向いた結依ちゃん。
「よろしくお願いします」
「あ、こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
なぜかお互い頭を下げて、よろしくお願いしますの儀。
「って、二人は宿題をするところだったわね! お母さんお庭見てこようかしら~」
「じゃ、お父さんはちょっと資料の整理をしてこようかな。車で出かけたいところがあったら、呼んでいいからね」
「わ、わかった」
父さんと母さんは、それぞれレモネードを持って、散らばっていった。
トタトタ足音がしばらく続いた後、ここには結依ちゃんと二人。
結依ちゃんこっち見てる。
(な、何か言おうっ)
「……ほ、ほんとに僕は結依ちゃんと、ずっと仲良く……してたいから」
改めて言っておこう。
あ、結依ちゃんちょっと視線下がったけど、また戻ってきて。
「私も。雪忠くんと、ずっと仲良くがいい」
(ああ……やっぱり僕……)
結依ちゃんのこと好きだぁーーーーー!!
(でも言えなぁーーーーーい!!)
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