最終話 愛したことのない恋人
私が近藤翼課長と期間限定で付き合い始めてから、私は何故かモテ期を迎えてしまった。
会社の帰りがけに背後から呼び止められた。
「俺と付き合ってください!」
「ありがとう。……でも、ごめんなさい。私、好きな人がいるから」
今週に入って告白されたのは三人目だった。
きっと人たらしの翼と付き合っているから、私に何か得体の知れないモテフェロモンがくっついたのかもしれない。
私のモテ期は翼と付き合っているからこそ起きている相乗効果なのではないのか?
🌹
私は週末、翼に夜のデートに誘われ車で海のそばの水族館に出掛けた。
夏のイベントで夜も遅くまで水族館は開いている。カップル向けにハート型のイルミネーション付きのフォトスポットがあるのが見えた。
翼が「一緒に撮ろうか?」なんて言い出したのにびっくりした。
「からかってるんでしょう?」
「なんでだ? 俺だって
「そういうタイプに見えないもの。翼ってこういうの嫌がるかと思った。……それに写真が証拠や思い出になるから」
「証拠?」
「浮気の」
「はははっ、浮気かあ。……来美は俺にどうして欲しい?」
翼は私と繋いだ手を絡めて恋人繋ぎをする。
ゆっくり顔が近づいてきて、キスされてもおかしくない距離に胸のドキドキが止まらなくなる。
「どうして欲しいって……」
私は貴男の本当の恋人になりたい。
でも言えるわけないよ。
「来美って俺に婚約者と別れてほしいとか言わないんだよな。俺はそういう謙虚なとこが好きだ。……俺が結婚してからもまた今日みたいにデートしたり、外で会わないか? お前となら妻にバレずに付き合っていけると思う」
「――えっ?」
それは私の欲しがった答えじゃなかった。
違う、違うよ。
「期間限定の関係じゃなかったの? 私たち」
「期限は無しにしたい。俺はお前といるとホッとするんだ。俺たちは体の相性も良いだろ? 正直お前を手放したくない」
……それ、不倫だよね? それって私が不倫相手になるってことだよね。
翼は私がいいわけじゃない。都合よく抱ける女が欲しいってことなんだ。
婚約者を……裏切って。
「
「そう……だね。翼には関係ないよ」
「付き合うな。告白は断れよ」
「……断ったけど?」
「お前は俺のものだ。他の男に抱かれるつもりなら許さない」
「そんなの勝手だよ、ひどい。翼に言える権利なんてないから」
水族館の暗がりで大きな水槽の通した微かな青い光がゆらゆらと揺らめく。足元にも私たちにも、抑えた灯りと水の影が織りなすグラデーションが注がれる。
時々、大きな魚が優雅に泳ぐと影を落としていく。
翼が私を抱き締めてきた。
「どうしょうもない程、俺はお前が好きで嫉妬にかられてる」
でも、婚約者と別れる気はないんだね。
「お前と快楽に溺れてる時間だけが、俺が俺でいられるんだ。別れたくない」
翼は私に甘く小さな声で愛してると言葉を重ねる。
耳元への囁きは悪魔の甘い罠。恋い焦がれた男が私を欲してくれている。
――きっと私は今夜も抱かれてしまう。
ズルくて人たらしで執着を抱えた男に、やっぱり私は抱かれてる。
この先は、分からない。
どうなるかだなんて、今すぐには決められない。
答えはすぐには出せないの。
馬鹿だって分かっているのに抗えずに、私は貴男の甘い危険な愛撫に身を委ねてしまうんだ。
毒を毒と知って私は受け入れるのかもしれない。
分かっているのは、私は一番目ではなく二番目の女だってことだ。
翼は誰もを惹きつけ愛されるけど、本当は貴男は誰も愛してなんかいないんだろうと思った。
憐れな私は、愛を知らない憐れな貴男にとらわれてしまったんだ。
了
上司で毒のある彼には婚約者がいる!? なので彼と期間限定で付き合うことになりました 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE
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