第6話 耳元で

 熱いシャワーを二人で浴びた後、倒れ込むようにベッドに転がる。

 私は貴男に襲われて暴かれ抱かれる。


 翼のほどよい低音の声で甘く告げられる言葉にはきゅんっとしちゃう。

 彼の色気を含んだ声がそっと吐く息とが私の耳元で囁かれ熱さを感じる。

 翼に火照った身体を背中から先に撫でられ髪を触れられて、口づけ合う。


「愛してる。今日も君は綺麗だ」


 愛してるの言葉とともに熱い吐息にゾクリと快感を与えられて。


「可愛いよ。……しっかり俺に掴まって」

「ああっ……」


 気持ちいい。

 耳朶をみ囁きながら抱かれるとうっとりとした心地良さを感じる。

 身体の芯を貫くように走っていく快感の波は鋭く甘い。

 翼の首に腕を回して彼の胸に密着すると自分の身体がとろけていく。


「愛してるよ。来美くるみ……気持ちいいって顔してる」

「……んっ」


 口づけに微かに煙草の香りと苦味がする。


「愛してるよ」


 ならばなぜ?

 あなたは婚約者と別れてはくれないのだろう。

 ふうっ……。

 ひとつ切なげに翼の胸で溜め息をついたならば、すかさず奪うように抱きすくめられてしまう。

 胸の内にひりつく痛み。

 裸同士の肌が触れ合うとその温もりに喘ぎ声が出る。熱を帯びてしっとりとした翼の身体が私にのしかかる。

 組み伏せられて上から見つめられドキドキと心臓の鼓動が早くなる。


「感じるのか?」

「んっ……」

「答えてみろよ」


 意地悪く笑う翼の顔は明らかに愉しんでいて、会社で仕事を真剣にこなす上司の表情かおではなかった。


「答えないともっと色々しちまうぞ?」

「それはそれで良いわ」


 私の首筋にあてがわれた翼の唇、強く吸ってきて痛いぐらい。

 たぶんキスマークがついてる。

 翼はまるで自分のものだって跡を情事の度に私に数カ所必ずつけていく。


 どんどん自分の中の女性のなにかが悦んで貴男に溺れてる――。

 快楽に溺れて貪欲になって、ふしだらに変わっていく。

 私は今までのどんな恋愛とも違う深い愛のわしにのめり込んでいった。


 彼は上手い、のだ。


 さすが人たらし女たらしだと思った。

 女心の扱いも絶妙、ベッドでのテクニックもこれ以上ない気持ち良さを与えてくる。


 こんなに溺れて私、本当にこの人ときっぱり離れられるの?


 なぜ知ってしまったんだろう。

 体の隅々まで愛される悦びを感じて知ってしまった。

 刻まれる特別な時間。


 こんな心地の良い愛撫の時間がいずれはなくなってしまうなんて。

 愛しているなんて嘘だ。

 貴男は都合のいい女に都合のいい嘘をついている。


 私は翼に抱かれる胸のなかで力強い男らしい腕に体を絡めとられながら一粒だけ勝手に涙が流れた。


 翼にはきっと分からなかっただろう。

 私が泣いているなんて気づいていないはずだ。

 未練なんて持ってはいけない。

 そうだ私は二番目の女、本気を知られちゃいけない恋人未満の部下なのだから。

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