最終話 幼馴染みと

 夏休みが明け二日目、夏休み前と変わらない顔ぶれは、夏休みを過ぎると日焼けしている面々が多いように思える。中には目立って茶色の肌をした人もちらほらみかける……というかあれは駒鯉こまごいか。

 少し新鮮みを感じるが夏休み前と変わらない平和な教室で、俺は窓際一番後ろの席に座っていた。


「ん? あれ……?」


 机の中から次の授業の教科書を取り出そうとして気づいた。……教科書がない。多分、家に忘れてきたんだろう。


「やっちまったな……」


 あまりこういうことをしないようにはしてたが、やらかす時はやらかすものだ。


「どうかしましたか?」


 隣の席の琴歌ことかが首を傾げながら聞いてきた。透き通った飴玉のような青色の瞳に見つめてくる。

 腰まで届く綺麗な長い髪、大きな青い瞳。品行方正、成績優秀。例え同級生相手でも敬語で丁寧に喋って、笑う時は手を当てて、上品に笑う。

 そんな姫榊ひさかき琴歌ことかは夏休み明けも変わらず隣の席にいる。 


「いや、教科書を忘れてきた」

「え、ユキくんって教科書ちゃんと持ち帰るタイプの人だったんですか」

「そこかよ」

「それはそれで意外だったので」

「失礼な」


 たしかにそんなに真面目なタイプには見えないかもしれないけど、俺はしっかり勉強はする方だ。特に今は部活をやってないから言い訳も出来ないし。


「琴歌」

「嫌です。と、言ったら?」

「まだ何も言ってないだろ」

「言わなくてもわかりますよ」


 琴歌は横目で俺を見てくる。その目には少し呆れが見える。


「教科書見せてほしいんですよね」

「頼む」

「いいですよ」

「ありがとう。助かる」


 ちょうどそのタイミングで、先生が教室に入ってきてチャイムが鳴った。

 俺は琴歌に教科書を見せてもらう為に机をくっつけた。


「琴歌は教科書とか忘れなさそうだよな」


 小声でそんなことを呟いた。


「ないですね」

「立派だな」


 琴歌は自信アリなように答える。


「ん?」


 なんだか今の状況にデジャヴを感じた。

 そうだ。そういえば春にもこんなことしてたな。あの時も琴歌と机をくっつけたけど、あの時は確か……


「……いや、あるじゃねぇか」

「え?」

「教科書忘れたこと、あっただろ」

「ありました?」

「あったよ」


 そこで琴歌ははっとして、口を抑えた。

 声は抑えていたが、やはり静かだと何を言ってるまでは聞こえなくても、何か喋っているのは目立ってしまう。チラリと教卓の方を見るが、先生は気づいていないのか、気にしていないのか特に振り返らず黒板と向き合っていた。

 そして琴歌はノートに何か書いて見せてくる。


"毎日確認してるからないと思いますけど"


 別に終わってもいい話だったが、琴歌は気になっているようだ。まあ俺も自分が記憶してないミスが発覚すると落ち着かないので、そういう事かもしれない。

 とりあえず簡潔に伝わるようにする。


"春"


 それを見せると、琴歌は『は?』と声に出そうな表情を俺に見せてくる。まあこれだけじゃわからないよな……。

 少し悩んで、一番わかりやすいのは何かと思い返した。…………あまり書きたくないが、多分これだろう。


"俺が無視した時"


 そう書くと琴歌は固まった。

 だが距離が近いせいか、

 固まって、

 固まって、

 かなり不自然に固まったが、やがて少しずつ顔が赤くなっていくのがわかった。距離が近いせいかすぐに気づいて、琴歌は顔を背けるが、今度は赤くなった耳がはっきりと見えてしまう。

 ………………察した。


"ウソついたのか"

"俺と話す為に"


 俺がノートに書いた文字を琴歌は横目で確認すると、目を見開いたのも一瞬。すぐに俺のことを睨みつけて、その文字の下に書き殴る。


"わるいですか"


 逆ギレだった。


「いや、別に悪くはいないけど……」


 思わず口から出た。

 あの時に琴歌から話しかけてくれなかったら、今も気まずいままだっただろう。そう考えると、琴歌には頭が上がらない。


「むしろ……その……」


 今言うべきかはわからないが、言葉にする。


「ありがとう琴歌」


 なるべく声を抑えて囁くようにそう呟いた。返事は返ってこなかったが、代わりに足を軽く小突かれた。


 やはり誰にでも優しい幼馴染みは俺にだけ厳しい。

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誰にでも優しい幼馴染は俺にだけ厳しい。 雨屋二号 @4MY25

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