第32話 幼馴染みと夏祭り④
いつもは自転車で颯爽と通り過ぎる道を歩いていた。田舎の夜の風情を堪能しながら……というわけでもないが、完全に日が落ちたこの時間帯に歩くのは部活をしていた中学校以来な気がする。
「大丈夫か?」
「え?」
「いや、歩きづらくないかって」
「全然大丈夫ですよ。……それともおぶってくれるんですか?」
「それは別にいいけど」
「じょ、冗談です。本気にしないでください」
わりと本気で受け取ったが、
大きな敷地をもつ歴史のありそうな家の前を通り過ぎると、水曜日の午前中にしか営業されない診療所が見えてくる。打ち上がる花火を背にゆっくりと歩いていた。
少しずつ土地が売られて減りつつある田んぼ。砂利だらけの駐車場。変わりつつある田舎の風景を横目にやってきたのは、遊具が撤去され、東屋だけが寂しく残る公園。街灯は入口に一つだけポツンとあるだけで、中に入ればほとんど真っ暗ではあるものの、夜道をゆっくり歩いてきたおかげか目が慣れてきて全く見えないということはなかった。
「ここからでも意外と見えるものなんですね」
打ち上がる花火を見上げて、琴歌が呟いた。花火を隠すような高い建物はなく、距離はあるもののはっきりと見ることが出来る。
「ここは誰もいないですね」
「まあ別に悪い場所ではないけど、家のベランダとかの方が見やすいだろうし、他に人が集まってる場所があるならそこで見るだろうな」
「そうかもしれませんね」
とりあえず公園のベンチに腰をかけることにする。その前に俺は公園のそばにあった自販機に向かい、ジュースとコーヒーを買うことにする。
「ほら」
「ありがとうございます。……これって」
「そのメロンのやつ好きだったろ」
買ってきたのはあまり見かけないメロンジュースだ。昔からある飲み物だが、何故かコンビニでは目にすることがなく、こういうところの自販機でたまに見かけるという何気にレアな飲み物。多分自販機限定とかそんなのだろう。
「確かに好きでしたね」
「……もしかして、今はそうでもないとか?」
「いいえ、好きですよ」
そう言って琴歌はジュースの蓋を開ける。
「昔から……好きですよ」
暗がりで俯いてそんなことを呟いた。顔はよく見えないが、その言葉は別に気を使っている訳ではないだろう。
そうしている間にも花火は上がる。
俺は琴歌の隣に座って一緒に買ったコーヒーを口にすると、目の覚めるような苦みが口の中に広がった。間違えて無糖のコーヒーを買ってしまったようだ……。
「花火はまだ続くでしょうか?」
「ちらほらと大きなやつが上がってきたし、もうすぐ終わるんじゃないか」
そうやって二人並んで座りながら花火を見ていた。ただなんとなく、興味なんてないはずなのに、眺めていて……。
気がつけばお互いに缶の中は空になって、次第に花火も上がらなくなると、夏の終わりが近づいているように感じた。
「……なあ、琴歌」
夜空を見上げながら隣に座る琴歌を呼ぶ。
「もし俺達が幼馴染みじゃなかったらって考えたことあるか?」
「なんですかそれ?」
ふとなんとなく思ったことを聞いてみた。
「幼馴染みじゃなかったら……それは家が隣同士じゃなかったらってことですか?」
「まあ、そんな感じだな」
「それは…………」
ペコ。と空き缶が軽く凹む音がした。
「ここまで仲良くなってなかった…………かも」
琴歌は少し言葉を詰まらせながらそう言った。
「そうか?」
「だって、隣じゃなかったら私達って接点なかった……ですよね」
確かに、俺達がここまで仲良くなれたのは家が隣なのが一番大きいと思う。けど……。
「俺はそんなことはないと思う」
多分それはさほど重要なことじゃなかったかもしれない。
「俺が琴歌に最初に声をかけたのは他にもあったんだ」
「他にも?」
今の琴歌はみんなと仲が良いと思うが、昔は琴歌の方から距離を取っていた。それは自転車に乗れないからというのもあっただろうし、運動が苦手なのもあっただろう。
特に休日に遊びに行くのが難しい。小学生の女の子をを一人で歩かせるのも親としては見過ごせないだろう。だから仲良くなりきれない琴歌は、周りから少し距離をおいていた。だからそんな琴歌が寂しそうで俺は声をかけた。
「そうだよ。家が隣だからとかじゃなくて俺はお前と……仲良くなりたいと思ったから声をかけたんだ」
今思えばもっと前からこの気持ちはあったのかもしれない。
「なあ琴歌」
「はい」
「俺はやっぱりずっと思ってたんだ。でもそれを声に出すのはやっぱり難しくて……」
覚悟を決める。息を整える。
「いいですよ」
「え?」
優しい声が隣から聞こえる。
「その言葉が、声に出せるまで……私は待ちますから」
その言葉に俺は背中を押される。
結局最後まで俺は情けないなかった……。いや、最後じゃない。むしろこれからなんだ。
もう言い訳しないように、後悔しないように……。
「琴歌」
「はい」
その返事は暖かくて
「好きだ」
「はい」
その返事は優しくて
「ずっと前から好きだったんだ」
「はい」
その返事は一つ一つ、はっきりと聞こえるように
「私も、ユキくんのことが好きです」
耳に届いた。
その刹那、空が光った。祭りの締めである一際大きい花火が上がったのだ。今、何故か、田舎の花火特有の、グダグダがあったんだろう。それでも花火を上げた。
このタイミングで──
「……あー………」
何故このタイミングなんだ。
「ふふっ」
琴歌もおかしくて笑っている。本当に笑うしかない。でも、暗闇のなかで琴歌の顔はよく見えなかった。それでもお互いに向き合っているのはわかる。
最後の花火が終わって、静けさに包まれる。もうすぐ祭りから帰ってくる人達がこの近くを通るだろう。
「琴歌」
俺は琴歌の肩を掴んだ。
びくりと小さな肩が跳ねると、琴歌は両手を胸の前で握り合わせた。もう、言葉はいらなかった。
苦みは消えて、僅かに甘い。
それは少しメロンの香りがした。
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