第31話 幼馴染みと夏祭り③
いつもは閑散としている商店街も、この夏祭りの夜ばかりは賑わっていた。商店街の入り口には車両通行止めの表示が置かれ、道路には普段は見たこともない人の群れを作っていた。
「意外と賑わってるんですね」
「来たことなかったのか?」
「何言ってるんですか、小学校の時に何回か一緒に来たじゃないですか」
「いや、中学校の時は?」
「ないですね。ユキくんとしか来たことがないです」
「そっか」
商店街にあるのは文房具屋、家電屋、本屋、婦人服専門店、喫茶店……どれもこじんまりとした店がいくつか並んでいるが、学生なんかの若者達にはどれも縁遠い店た。
だが、今日は逆に若者達で溢れている。年に一度に並ぶ様々な出店は、若者達の夏の思い出の一つとなるには充分すぎる程で、更にもう少し時間が経てば花火も打ち上がる。
「
「はい──?」
琴歌の手を引っ張って身体を引き寄せる。
「ユキくん!?」
「お前フラフラしすぎ」
咄嗟の行動から琴歌との距離が近くなるが、そんなことよりも呆れが勝った。琴歌は前を向かずに出店をキョロキョロと見渡しながら歩いていたので、正面から来る歩行者に気づいていなかった。
「危ねぇから前を見ろ、それか遠慮せずに行きたいところ言えよ」
「だっていっぱいあって……あまり無駄遣いも、食べたいものもいっぱいありますけど、そんなに食べられませんし……」
「……じゃあ俺の行きたいところに連れてくぞ」
「それは……」
琴歌は身体を近づけてくる。
「じゃあ……お願いします……」
「お、おう……」
近づけるというよりは、もはや身体を預けていると言ってもいいくらいに距離を詰めてくる。
その後はとりあえず目についた出店に向かった。
射的、輪投げなどのミニゲーム系や、綿あめ、りんご飴などの食べ物系……回っていくうちに琴歌もテンションが上がったのか、いつの間にか腕を引っ張られながら歩いていた。
俺はというと、妙に落ち着いていた。
浴衣を着た琴歌を見た時はかなりドキドキしていた。別に今もそれは変わらないが、小学生以来の夏祭りがとても懐かしくて……
「ユキくんユキくん!」
「わかったわかった」
いつの間にか琴歌に振り回されるように腕を引っ張られていた。
「ユキくん」
「なんだ?」
「あんまり楽しくないですか?」
「え? そんなことないけど」
「そうですか? なんだか私だけはしゃいでる気がして」
「いや、久しぶりに来たからな……なんというか、騒ぎ方を忘れたというか……」
思えば、中学時代は部活にのめり込んでいたし、色々と他人と……特に
全力を出すのが怖い……それはこういう遊びの時にも響いてしまっているのかもしれない。
「なんなんだろうな」
夏祭りの商店街を眺めながら、思わず声に出た。
なんとなく自分がつまらない人間に成長しているんだと自覚する。楽しいはずなのに、それを表現するのを控えているような。喜び方を忘れたような。
そういえば、全力で喜んだり楽しんだりした時っていつだ……?
球技大会の時は純粋な喜びというよりも……報われたような気持ちだったと思う。
「まあでも、ユキくんはそれでいいと思いますよ?」
「それでいいというと?」
「そうやって落ち着いてくれる感じが」
「そうか……」
フォローされてしまったと思ったが、どうも気を使っている訳ではなさそうだ。
「ユキくんがそうやって落ち着いてくれているから、私も心置きなく楽しめているんだと思います」
「思いますって、なんか他人事だな」
「そうですよ、他人事です。だってユキくんを相手にすると、私が私じゃなくなるような気持ちになります」
そう言う琴歌は顔を逸らして、いじけたように地面に下駄で地面を撫でる。手を後ろに回して口を尖らせては、チラチラと俺の顔を横目で覗いてくる仕草が可愛らしくて、俺も恥ずかしさを誤魔化すように首を掻いた。
「とても……苛つきます」
「苛つくんかい」
まさかの言葉に肩が落ちる。ガクリという音が聞こえたような気がしたくらいには力が抜けた。
「楽しめてるのか苛つくのかどっちなんだ」
「どっちもです」
「難しいな……」
「難しい、ですか?」
「…………」
難しくない。
琴歌とのこの時間は楽しい。が、それだけで時が過ぎ去ろうとしていると思うと、モヤモヤとした気持ちが積ってくる。楽しいけど、苛々する。それは俺自身も思っている。だとしたら琴歌の方も…………。
その時、空が一瞬光ったかと思うと、すぐにパァンと音が響いた。
「あ、花火始まっちゃいましたね」
琴歌は空に上がった花火を見上げる。道行く人々も同じように一瞬見上げるが、チラチラと見る程度で、別に祭りの本命として楽しんでる人はあまりいなそうに見える。花火を楽しみにしている人達はしばらく前に場所を移動しているんだろう。
今ここにいるのは、休憩して立ち止まった人達が花火をたまに見上げるくらいだ。
「……琴歌」
「はい」
「花火、見に行かないか? もう始まってはいるけど」
琴歌も別に花火には興味はないと思う。別に家からでも見えるし、祭りには来なくても花火は見ていたかもしれない。でもそれはなんとなく……テレビをつけたらやっていたドラマを、内容もよくわからないのになんとなく見るような。とりあえず見る感じの、その程度のものかもしれない。
「いいですよ」
それでも琴歌は了承してくれた。
「じゃあちょっと歩くけど、いいか?」
「はい、ついていきますよ」
そう言って手を差し出してきた琴歌は、少し楽しそうに微笑んでいた。
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