第30話 幼馴染みと夏祭り②
夏祭りはいつ以来だろう。
俺は中学校の時は一度も行かなかったから、小学校の時以来だけど、
夕日が沈みかけていく時間帯、早めに街灯が点きはじめるいつもの通学路を、家の前に立ってただぼんやりと眺めていた。
こうしている間にも、浴衣姿の子供を連れた親子が何組か眼の前を通り過ぎていった。大体顔見知りなので軽く他愛のない会話を交わして、『一緒に行く?』なんて誘われたりされるが、流石に断ってその背中を見送った。
「……お、お待たせしました…………」
聞き慣れた、震えた声が背後から投げられ、一度息を吸って心を落ち着かせて振り返った。
「ああ、琴歌──」
そこには浴衣姿の
「あの……ユキくん?」
「ん? どうした?」
「いえ……なんだかぼっーとしてたので」
「ん。いや、なんでもない」
「そうですか?」
一瞬だけ……と思っていたが、琴歌からしたらわかりやすく硬直してしまっていたようだ。いや、仕方ないだろ。
あまりにも美しいものを見た時に言葉を失うというのはこういう感覚なんだろう。
琴歌は目は青くプラチナブロンドの髪をしていて、日本人離れしているようにも見える。だから、和装はあまり似合わないのではないかと思っていた。確かに、子供の時に着ている所は見たことがあるけど、子供の時なんて何を着ても可愛いもんだ。
あの時は大きな花が描かれた白い浴衣を着ていたが、今は淡い薄緑の浴衣を着ていて、清流がイメージされたような主張がおとなしい薄い線の入っている。全体的に落ち着いた印象で可愛いらしいというよりかは大人びているように見える。
今時の流行りというものはわからないが、こういう控えめな装飾のものは、琴歌みたいな美人が着ることによって映えるのかもしれない。あくまで、主役はこの浴衣を着る女性だと。
長い髪は上で簪で纏められていて、それもまた普段とは違って──
「あの」
「どうした?」
「本当になんでもないんですか?」
「ん? んん、そうだな」
「そうですか?」
琴歌はかなり困惑した様子で俺のことを見上げていた。いや、ジロジロ見るなと言う方が無理かもしれない……。
不思議に思った琴歌が首を傾げて、俺の顔を横から覗き込もうとする。その際に、いつもは隠れている白いうなじが見えて思わず目を逸らした。
「やっぱりなにかありますよね?」
「……それは」
「はぁ……」
「ああ! もうわかったよ!」
流石に言い逃れ出来なくなったから覚悟を決める。
「見惚れてたんだよ! あまりにも綺麗だったからな!」
「みっ──……へぇっ!?」
多分俺の顔は真っ赤になっているだろう。頬が酷く熱を帯びて、気を抜くと声が震えてしまうぐらいには恥ずかしかった。
ただ、どうやら言われた琴歌の方にも大分ダメージがいったようで、素っ頓狂な声を上げたと思ったら、すぐにその顔は赤く染まった。
「そ、そうですか……」
「ああ……」
なんだか妙に居心地の悪い空気を感じる。今日は動かなければ比較的涼しいよう感じていたが、もう身体の中から熱が込み上げてきて気が狂いそうだ。
「…………あ、ありがとうございます」
琴歌が顔を逸してそういうと、その首筋に汗が伝うのが見えて、背徳的な感情に俺も思わず琴歌から目を逸らした。やけにうるさい心臓の音を落ち着かせる為に、なんとか冷静になろうと何度目かわからない深呼吸をする。
「でも……」
琴歌がぽつりと呟いた。
「なんだか私だけ張り切ってるみたいですよね」
「え?」
「ユキくんもそれなりの格好はしてほしかったなー、と」
「うっ……」
ジトりと、釘を刺す様に言われてしまう。
言われるだろうなとは思ってた。千明にはやめとけとは言われたが、それでもやはり準備しておくべきだったという後悔がある。
「まあ祭り感はないよな……」
「言ってみただけですよ。むしろユキくんにそこまでガチガチに準備して楽しみにされたら、ちょっと緊張してしまいますし」
「そ、そうか?」
なんだか情けなくフォローされてる気がする……。
「そうだな……今年は間に合わなかったけど……来年なら」
とりあえず苦し紛れに言い訳をしてみる。
「それは来年も一緒に……ということですか?」
「ああ、そのつも──いや、もちろん琴歌がいいならの話だけど」
気を使ってそう言ってみたが、琴歌は目をぱちくりとさせて……
「はあぁ~……」
と、深いため息をついた。
「な、なんだよ!」
「なんというか……なんというかというやつですね……」
「はぁ?」
「別に、私がユキくんからの誘いを断るわけないじゃないですか」
「そんなの──」
「もういいですよね」
琴歌は俺の目を真っ直ぐに見つめてきたと思ったら、 その後すぐに目を逸らした。
今日の夏祭りには琴歌に誘われたが、そもそも俺が最初に夏休みに会う約束をしたからで……。その後の俺は、結局怖気づいてなにも言い出せずにいる。
もういいだろ。
もうこの気持ちは琴歌にもバレてるかもしれない。なのに俺はまだ踏み出せずにいる。
「そうだな。そろそろ行くか」
「そういう意味じゃ──!」
「琴歌」
「……え?」
俺は琴歌に右手を差し出した。
「動き慣れてない格好だろうし、なるべく合わせたいから……な」
最後の方は自分でも情けないぐらいに声が小さくなったし、思わず顔を逸してしまった……。
「……そういうことしか言えないんですか?」
「うるせぇな」
そう言いつつも、差し出した右手に琴歌の細い指先が触れる。一瞬、琴歌の指が離れたのを感じるが再びゆっくりと触れてくると、じれったくて俺はその手を掴んだ。
「あ! ユキくん!」
「ほら、行くぞ」
「急に仕切らないで下さいよ」
「急がないと祭りが終わるだろ」
「それはそうですけど……」
右手に少し力がこもるのを感じる。
「ゆっくり……歩いて下さいね?」
俺たちは手を繋いで、しばらく無言で並んで歩いた。
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