第29話 幼馴染みと夏祭り①
《何のようだ》
電話越しに聴こえてる
「なんでそんな機嫌悪いんだよ」
思わず顔が引きつってしまったが、どうせこちらの顔なんて見える訳無いので、気にせず不満を顕にする。
《そりゃ電話なんてする間柄じゃないだろ》
「いや、友達だろ?」
《だとしても》
「そんな嫌がるか」
《まず何のようだって話》
「あー……」
なんだか嫌われているような反応に気圧されて、ここで通話を切ってしまおうかと思ったが、流石にそんなことをする方が腹が立つだろうと、素早く用件を済ませることにする。
「いや、熱中症で倒れたとか聞いてさ」
《……なんで知って──いや、倒れてはねぇよ》
「ほんとかよ」
《ふらついただけだ》
「ほんとかよ」
《そんなに軟弱に見えるかよ》
「バスケ部のマネージャーから、俺がお前と仲が良いからって琴歌経由で聞いたよ」
《なんでお前に行くのかわかんねぇな》
「それは俺にもわかんねぇ」
千明からしたら余計なお世話だし、親とかならともかくただの友達である俺にまで伝えるのは少し変わってると思った。まあ、普通に心配はしたから一応こうして電話はしてるんだけど。
小さな声で「女子が最近盛り上がってたのは──」となにかに気づいたような呟きが僅かに聴こえた後、千明は重苦しいため息をした。あまりに重いため息になんのことかと聞くのも気が引けたので、触れないでおくことにする。
「ブレーキがいないから大分無茶してんのかなって」
《ゆきんちゅはブレーキだったのかい》
「……俺をいじめてる間は休憩できただろ?」
《よくわかってるなぁ》
「こいつ……」
中学の時もハードな練習に取り組んでいたが、千明は俺のことを気にして休憩を取るようにしていた。じゃあ俺がいなくなった今は……と、考えた場合、合わせる必要がないから限界を超えて練習するんだろう。
「今は休憩中なのか?」
《今日は合宿最終日だから午前で終わって、あとは物好き達が軽めの練習してる》
「いや、休めよ」
《軽めって言ったろ、だから実質休みだ。今は練習じゃなくて趣味でバスケしてるだけなのよ》
「屁理屈言うな」
というか"物好き達"って言ってたけど、千明の他にも練習してる人がいるのか。
耳を澄ませると、バスケットボールが体育館の床を叩く音と、遠くから数名の人の声が聞こえる……結構居るな。
《……合宿で辞めた奴もいる。けど、それでやる気ある奴らが残ったよ》
「そうか」
《だから気にすんな》
「……そうか」
その"気にすんな"は何に対してか。
中学校の時はあまりチームメイトに恵まれなかったが、今はそうじゃないのがわかる。だから、俺が千明が孤独に感じるとか気にしていたと思われたか。あるいは、それを気にしていながら部活に入らなかった若干の後ろめたさに関してか。
まあ、そういう諸々を含めて"気にすんな"なんだろう。だとしたらこの話はここまでにしよう。男同士で気を使い合っても気持ち悪いだけだ。
《で、何のようだ》
「ん? だからお前の体調を……」
《嘘つけ。別のがあるだろ》
「……なんでわかった」
《探り探りで気を使ってんのがわかんだよ。ゆきんちゅ鏡見てみろ、多分顔が溶けてるぞ》
「溶けてねぇよ」
……まさか、気づいていたとは。いや、顔は溶けてねぇよ。溶けてる顔ってなんだ。それでも少し気になったので頭を軽く掻いて、申し訳程度に髪を整えた。
「今、時間あるのか?」
《もう大分話してんのよ》
「うっ……まあ、なんだ……」
一つ、深呼吸をする。
「
《練習再開するわ》
「待て!」
まるで興味なしという反応をする千明を、声を上げて静止する。
というかやっぱり"練習"なんじゃねぇか
《聞かせろとは言ったけどさぁ……その話に俺いる?》
「いや、ちょっと意見を──」
《めんどくさ。いいから押し倒せよ》
「しねぇよ!」
《はぁ……なんだよ》
めんどくさそうにはしているが、聞いてはくれるみたいなのでとりあえず打ち明ける。
「浴衣をさ……」
《浴衣?》
「俺も着るべきなのかなって」
《は?》
「いや、多分琴歌は着てくると思うんだよ。だから俺も……」
《……なんでそれを俺に聞くんだよ》
「相談できる人がお前しかいねぇんだよ」
《悲しいなぁ…………まあ、やめておけ。としか言えねぇな》
千明の答えは意外だったので、少し驚いた。
またどうでも良さそうに『したけりゃしろ』とでも言われるかと思った。
《そもそもお前浴衣とか持ってんの? 持ってないだろ》
「まあ、それは……」
《だったらやめとけ。そうやって急いで準備するようなことは大体失敗するんだから》
「そう……だよなぁ……」
それはスポーツでよく言われる"本番は練習のように"のような感覚に近いだろう。普段からやってないことに挑戦しようとして失敗するのはよくあることだ。
中学校の時、全校応援でかっこいいところを見せようとした野球部がエラーだらけだったのを思い出した。
《それに何かあった時、お前も浴衣とか慣れない格好してたら対処出来ないだろ。ただでさえ姫榊さんにはいろいろと劣るんだから》
「運動神経なら勝ってるよ」
《ならなおさらだろ。お前のいいところがなくなる》
「ぐっ……」
言ってることはわかる。
もし、なにか非常事態が起きた場合に何も出来ないのは、情けないことこの上ない。
「……一応お前に聞いてみてよかったよ。冷静になれた」
《もし、二人で浴衣デートとかしたいなら来年とかにしとけよ。急ぐ必要はないだろ》
「ああ、ありがとう」
《二度とこんなことで掛けてくんなよ》
「あっ、ちょっと待っ──」
言い切る前に電話を切られる。
千明には迷惑を掛けてしまっただろうか、そう思ったがそこは"気にすんな"という言葉を信じることにする。
「新しいチームとはうまくやれてるんだな」
中学校の頃の、誰も付いてくることのなかった頃の千明のことを思い出す。
「俺も変わらないと、な」
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