第27話 幼馴染と夏休み①
夏休みに入ると、毎日が日曜日という気分ではあるが、実際にはほとんど平日であるため、昼間は家で一人でいることが多く、退屈を持て余す……と思われた。
「ごめんねーお邪魔しちゃって、せっかくだし
既に居間には
「別に構わないけど、うちにはなにもないぞ?」
「いやいや、ほんとにちょっとお邪魔してみただけだから」
「そうか?」
とはいえ、客人になんのおもてなしもないのは、こちらとしても申し訳ないので、とりあえず適当なコップにジュースを注いで配ることにする。
ニコニコと笑顔を見せる駒鯉と、それとは対照的に少しぼんやりと時計を眺めている琴歌。
……どうも琴歌とはこの間の夏休み前でのやり取りのせいか、警戒されてしまっているように見える。いや、いきなり"二人で居たい"とか言われても、意味がわからないだろうし……仕方ないことなのかもしれない。
「それにしても、本当に家が隣同士なんだねー」
「嘘をつく必要はないだろ」
「いやあー、そんな運命的なことってあるんだなーって」
「運命なんて大袈裟な」
「だってこんな田舎じゃ……ね」
「……まあ、それもそうか」
少子高齢社会とはいうが、田舎はその影響がはっきりと出ていて、年々子供の数は減少している。今はそうでもないが、十年も経たないうちに俺の通っていた中学校はなくるんじゃないかとも言われている。
「私のとこはもっと酷いけどねー。まさに限界って感じ」
「この先どうなるんだろうなぁ」
……高校生の会話か? これが?
いや、琴歌のことを意識してしまって、逆に駒鯉との会話に逃げているのは自分でもわかっている。
なんとか気合を入れたいが、とりあえずは駒鯉が琴歌の家からいなくなってから二人っきりで話を──いや、別に駒鯉が邪魔というわけではないけど……。そもそもこの状態の琴歌一人だったら、うちに来てくれるかもわからなかった。それはそれでありがたかったかもしれない。
「ねー、一つ聞いていい?」
「ん、なんだ?」
駒鯉はチラリと琴歌の方を一瞬だけ見る。
「二人ってもしかしてさ……喧嘩してる?」
「え?」
思ってもみない質問に驚きながら、琴歌の方を見る。部屋の中にある写真を見ていた琴歌は、俺達の会話がとまったことに気づいたのか、振り返って俺と駒鯉を見ると、その青い瞳を大きくぱちくりとさせた。
「え? どうしました?」
「いや、俺達が喧嘩してるのか? だって」
「喧嘩してるんですか?」
「……俺とお前の話な」
「え!? 私達喧嘩してたんですか!?」
「いや、そのつもりはないけど」
こいつ本当に大丈夫か?
話を聞いてないだけならともかく、完全に話を処理できなくなってる。
「なんかさー、行人くんも琴歌ちゃんもさー、最近ちょっと余所余所しいように見えるんだよね」
「気の所為だろ」
「そうかなあ?」
「…………」
駒鯉の勘の鋭さに少し後退りしてしまう。琴歌の方からもなんとか言ってほしいが、そもそもの原因は俺なので、なんとか誤魔化せないかと頭を捻る。
「別に喧嘩はしていませんよ」
と、琴歌が極めて落ち着いた様子で呟いた。
「まあ喧嘩はしていないな」
「喧嘩"は"って言われると気になっちゃうなー」
「それは──」
「それは私がユキくんに対して、少し思うことがあったからなんです」
「……え?」
それはこの間の話のことかと、一瞬、心臓が大きく揺れた。
俺は琴歌が好きだ。それはもちろん恋愛感情としてだが、琴歌の方はどうなのかわからない。あくまで幼馴染として特別仲が良い程度に捉えられていたら、俺のこの感情は琴歌には……がっかり──するのだろうか。
結局は俺も幼馴染とはいえど、他の男子となんら変わらないということに。琴歌は俯いたまま黙り込んで、中々次の言葉を発してくれない。
「な、なんだよ……」
思わず固唾を飲み込んだ。ごくりと、あまりにも自分の耳にはっきりと聴こえたものだから、二人にも聴こえたかもしれない。
「まだ……気づかないんですか?」
やはりそういうことなのだろうか。
「…………しょうがないですね」
ため息混じりに琴歌は吐き捨てる。やはりこの間の俺の言葉が、琴歌の気に障ったのか。
そう思って身構えたが……
「スマホ、貸して下さい」
「え?」
突然、琴歌は手の平を俺に向けて差し出してきた。
「スマホ?」
「その……ユキくんの連絡先知らないって」
「……は?」
思っていたのと全然違う答えが返ってきてマヌケな声が出る。連絡先? 家が隣同士で昔からよく遊んでたのに今更そんなもの────
いや、確かにお互い直接やり取りできる距離にいるからか、完全にスマホのことを忘れてたな……。
別にスマホを触ることは少なくないが、俺も普段から誰かとやり取りすることはほとんどないので、それもあって忘れてた。とりあえず琴歌にスマホを渡して──
「待った! それは俺悪くないだろ!」
「べ、別に悪いとかそういうことは言ってないじゃないですか!」
「いやどう見たって俺に呆れてただろうが!」
「だって私だけが気にしてるのはなんか悔しいじゃないですか!」
「八つ当たりじゃねぇか!」
どうにも理不尽な怒りをぶつけられた気がするが、俺の方も無駄に重い空気を感じて恥ずかしくなって声を荒らげてしまった。
「喧嘩……しちゃったねぇ」
言い合う俺達を見ていた駒鯉が呟いた。何故か楽しそうにしている駒鯉を見て、ため息を一つ吐いて頭を掻いた。
「……楽しそうだな」
「楽しいよ!」
「なんでだよ……」
そんな駒鯉とは裏腹に、琴歌はまだ少し何かを考えているようだったが、少しずつ冷静さを取り戻したのか、呼吸を整えていた。
「……まだ何かあるのか?」
「いえ、別に何もありませんよ」
一瞬、琴歌に見つめられたような気がしたが、気の所為か。琴歌は渡されたスマホを操作して、さっさと用件を済ませる。
「それでユキくん。私そろそろお昼を作ろうと思うんですけど」
「……なるほどな、こっちに来たのはそういうことか」
「はい。ユキくん多分一人だと思ったので」
「じゃあお願いしようかな」
「わかりました」
そう言ってスマホを返される。今はもういつも通りに戻っただろうか。
「私も手伝うよ!」
「いえ、私一人でやりますから。陽愛ちゃんは座ってて下さい」
駒鯉が手を挙げると、その提案はピシャリと却下された。いつもの琴歌と駒鯉の仲睦まじい様子から想像出来なかったくらいにはっきりとお断りされている。ただ、琴歌の方は天使のような微笑みを浮かべているが、それが逆に怖い。
「なんかしたのか?」
気になって駒鯉に耳打ちする。
「いやぁ、はっはっは」
「は?」
駒鯉は笑って誤魔化してみせる。
まあ、二人は高校からの付き合いだが、思っているよりも仲が良いんだな……と、一先ずは問い詰めないでおこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます