閑話 姫榊琴歌は気づく

『お前と一緒にいたいなって思っただけだ』


 最初はその言葉の真意がわからなくて、問い詰めたくなったけど、それを聞いたらもう戻れないような気がしてきた怖くなった。もし、それが私の勘違いなら……そう思ったら踏み込めなくて、陽愛ひまなちゃんの話を出して誤魔化してしまった。


 い、いや……陽愛ちゃんとは元々約束してたので、別におかしいことではないんですけど。


「でも…………」


 その後の『俺はお前と二人で居たい』というのは…………


「うぁぁ…………」


 なんとも言えない声を漏らして、私はベッドの上で枕を抱きしめてジタバタする。既に日は落ちて、いつもなら寝る時間なのに、今日は部屋の明かりを消しても、どうしようもなく目が覚めてしまう。


 ふとカーテンの端っこを掴んで、ゆっくりと持ち上げる。そろりと、慎重に顔を覗かせると反対側……向かいの窓のカーテンの隙間から明かりが漏れていた。どうやらユキくんはまだ起きているらしい。


「あの言葉は……つまり……」


 私はあの時「じゃあ休み中にどこか行きましょうか」なんて、笑って適当なことを言ってやり過ごしたけど、あれは……ユキくんは…………


「……」


──『姫榊さんは依河くんのことをどう思ってるのかって』

 球技大会の時に香木原かぎはらくんに聞かれた言葉が頭を過る。一つ、息を呑んで──傍に置いてあったスマホを拾い上げる。暗闇の中で急に点灯した画面に目を細めながら操作する。


「私は……」


 スマホを操作して、メッセージアプリを開いて下へ上へと指でスクロールする。何度も、何度も、上へ下へと繰り返してあることに気づいた。


「……あれ? 私、ユキくんの連絡先知らない……?」


 そこでハッとした。そういえばそんな機会なかった──いや、機会なんていくらでもあったのに忘れてた。その気になれば直接会って話ができたから、普通に忘れてた。


「え? あっ、そっか……」


 なんで今になってこんなことに気づくんだろう。

 思わずため息を吐いて頭を抱えた。明日の朝にでも交換しよう。そう思いながらカーテンを捲ると、ユキくんの部屋からはまだ明かりが漏れている。まだ起きているんでしょうか……。


「…………ユキくん」


 試しに呼んでみる。けど、聞こえるはずがない。お互いに窓は閉じてるし、声なんて届くはずがない……。


 カーテンを開けたユキくんと目が合ったのは、そんな時だった。


「へ?」

「琴歌?」


 ユキくんが窓を開けて、私も慌てて窓を開けた。


「……いや、違うんですよ」

「え? 何が?」


 ユキくんは堂々と窓を開けたけど、私の方はなんだか覗き見してるようになってしまったから、反射的に言い訳をしようと口篭ってしまう。


「別に……その……」


 別にユキくんは私が覗き見してたことを気にしてない……気づいていなかったはずなのに、最初に否定から入ったせいで、言い訳を続けざるを得ない状況になってしまった。


「だって、ユキくんが……"二人で"……って……」

「え?」


 …………………『え?』じゃないんですが?


「なんでもないですよ!!!」

「ちょ、声が大きいって! 今何時だと──」

「もういいです!」

「なんでそんな怒ってんだ……」


 確かに私の声が小さかったかもしれませんけど! それでも……それでも気づいて欲しかった……というのは、理不尽かもしれませんけど……。


 でも私の方はこんなにも気にしてるのに、寝れない程気にしてるのに、言った本人は何一つ気にしてないような素振りを見せるから、無性に腹が立ってきます。


「……もう寝ます」

「そ、そうか? おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 私はゆっくりと窓を閉じて、ベッドの中に潜り込んで目を瞑った。強く目を瞑って、それでも全然寝れなくて、いつもどうやって寝ていたんだろうと、心を無にして何も考えないようにして……ふと、昔のことが頭に過った。


──"別にユキくんに好かれたいわけではない"

──"ただの幼馴染で、昔は一緒にいたけど、別に好きとかそういう感情はない"

──"彼の好みに少し近づければ、向こうから話しかけて来てくれるのかもしれない"


「なんだそれ」


 私がユキくんをどう思ってるなんて、もう既に答えは出ているはずなのに……。それを自覚してしまえば、一生子供の頃のような関係に戻れない。それどころか、これからずっと距離を取ったままになるかもしれない。それが怖くて、この気持ちは違うものだと気づかないフリをしていた。


「私も……ユキくんと……」


 ベッドの上に横になり、膝を抱えて丸くなる。


「……好きです」


 ユキくんには聞こえるはずがない。けれども自分に言い聞かせるように、はっきりとその言葉を口にして、少し楽になったような気がする。


 そこでようやく微睡みの中に手を引かれていった。夢の中に落ちる感覚に、ただただ身を預けてしまいたかった。

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