第26話 幼馴染と夏の始まり②

 何故こんな暑い時期に、俺も琴歌ことかも外でアイスを食べているのか。

 わざわざ凍らせた飲み物まで用意して、日の光を避けるように日陰に移動して、二人で並んで立っていた。琴歌に至ってはまだ制服のままなので、着替えたいだろうに。


「大分マシになってきたな」

「え?」

「いや、流石にここまで用意されると体の内から涼しくなってきた気がするなって」

「あぁー、そろそろ日も暮れてくる頃ですし、気温も下がってくると思いますよ」

「そうだな」


 そんな他愛のない会話をして俺はアイスを食べ終える。日暮れ、もうすぐ夕飯の時間になるが、それでもお互いに家の中に戻ろうとしなかった。家の中に入れば幾分涼しむことが出来るはずなのに、俺も琴歌もここにいる。


 家には親がいる。琴歌と二人っきりでいられるのは、今はこの場所だけだった。それがわかっていたから、俺は居座り続けた。


 もしかしたら、琴歌もそんなことを考えているのではないかと思ってしまう……のは、自意識過剰だとは思いつつも、特に会話をすることなく一緒にいることに、何故だか安心感を覚えてしまう。


「もう夏ですね」

「そうだな」


 ふと琴歌がぼんやりと空を眺めながら呟いた。俺も空を見上げて、何を見つめるわけでもなく、ただぼんやりと空を眺めた。


「もうすぐ夏休みですね」

「そうだな」


 琴歌の言うようにもうすぐ夏休みに入る。夏休みに入れば、親しくなりかけた学校のみんなとは会わない日が続いて、千明ちあきとも会わなくなるし、琴歌とは……わざわざ会う理由はない……よな?


 今は朝に起こしに来てくれるが、休みになればその必要だってなくなる。今までの会話だって、なんとなく一緒に居たから、間を潰すようにしてただけだ。登下校にちょっと話したり、朝起こしてくれた時にちょっと話したり。


 ────だから、改めて言わなければならない。俺は休みの間も、琴歌とこうして一緒に居たいことを。


「なあ……」「あの……」


 意を決して口を開くと、同じタイミングで琴歌も話しかけて来た。そこでお互いに横を向いて目を合わせると、妙な間が生まれて、少し見つめ合った。


「……先にどうぞ?」

「いや、琴歌が先でいいぞ」

「いえ、ユキくんの方から」

「あー……っと、そうだな……」


 まずい。今ので出鼻を挫かれて怖くなった……。

 

 いや、そもそも何を言おうとしたんだ俺は? 琴歌と一緒に居たい。ってそんなことを正直に言うつもりだったのか? いや、そんなこと言える訳──…………

 冷静になったら恥ずかしくなってきた。


「いや、なんでもない……」


 思わず顔を逸してしまう。


「はあ〜…………」


 と、琴歌が大きなため息を吐いた。


「な、なんだよ……」

「なんっでもっないっわけっ、ないじゃないですかっ!」

「な、なんとなく呼んだだけだ」

「はあ? なんとなくですか?」

「…………そうだよ」

「はあぁ〜……」


 琴歌はあからさまに不服そうな反応をする。そりゃそうだ。誤魔化しているのがバレバレだし、本当になんでもないことなら、こんな隠すようなことはしない。俺だって、こんな風に誤魔化してしまったのは、不甲斐なくて嫌になる。


 頭を掻いて、一つ二つと深く息を吸う。


「……なんとなく」

「はい?」

「…………なんとなく、お前と一緒にいたいなって思っただけだ」

「………………」


 もう、やけくそだった。


「…………え?」


 琴歌はきょとんとした顔で俺を見つめてくる。そんな視線を横目に感じながら、俺は一度、既に完全に溶けきったスポーツドリンクに口をつける。


 ひやりと、冷たい感覚が喉を通って身体に染み込むのも一瞬。車のエンジンの如くバクバクと高鳴る心臓が、絶えず体を熱していた。


「それは──」

「別に深い理由はねぇよ。ただ、退屈しないだろうなって思っただけだ。もう部活もやってないし、暇を持て余すだろうからそういう……まあ、なんかそういうのだ。……………夏休みな」


 琴歌の言葉に怯えてしまって、遮るように口を挟んでしまった。そして、あくまで"夏休みが暇だから"ということを強調してしまう。


「…………そうですか」


 琴歌はそう言って黙り込む。僅かに深呼吸するような息遣いが聞こえてきたのは、気の所為だろうか。


「…………夏休みは」

「……ああ」

「夏休みは、陽愛ひまなちゃんと過ごす予定なんですよね」

「…………え?」


 今度は俺が少し驚きながら琴歌の方を見る。琴歌は少し俯きがちに、手に持ったスポーツドリンクを眺めていた。


「せっかくなので私の家に泊まりで……お祭りとか花火とか……」

「そ、そうか……」


 あれ? これはもしかして…………フラレたのでは?


「だからユキくんも一緒に……」

「………………ん? え、俺も?」


 一瞬、頭が真っ白になったが、続く琴歌の言葉に正気に戻る。


「はい。花火とかお祭りとか……中学校の時はユキくんとは一緒に楽しめなかったですし……小学校の時以来ですからね」


 琴歌は少し困ったように笑って見せる。


「あー……。まあ、俺が邪魔にならなかったら」

「邪魔になんてなりませんよ。菜由なゆも呼んで四人で──あっ、香木原かぎはらくんは……」

「あいつは部活あるから来れないだろうな。まあ、来る気もなさそうだが」


 多分、千明は部活でいっぱいだろう。


「まあ、後で連絡はしてみるけど」

「そうですか。なら──」

「琴歌」

「はい?」


 …………そうじゃないだろ。そうじゃないんだよ。


「俺は……」


 俺は……。


「俺はお前と二人で居たい」


 真っ直ぐに、琴歌と向き合って言いきる。


「……え?」


 長い金の髪が風に舞う。見上げる青い瞳が僅かに、陽炎の如く揺らめいでいた。

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