第25話 幼馴染と夏の始まり①

「おはよう依河よりかわくん」

「ん、おはようー」


 球技大会が終わって数日が経ったが、教室に入ると声を掛けてくれるクラスメイトが増えていた。今まで特に目立ったことはしてなかったから、あまり声を掛けられることはなかったが、球技大会の時に意外と話が通じる……みたいな雰囲気が伝わったのだろうか。


 もしかしたら今までは、多くの男子の憧れである琴歌ことかと仲が良いから、その妬みとかで避けられていた可能性もなくはないかもしれない……それは考えすぎかもしれないが、琴歌の存在は結構大きい気はする。

 まあ、なんだかんだ運動神経というのはカーストに響くのだろうと思った。特に小学校の時はそうだった記憶がある。もう高校生ではあるけれども。

 とはいえ、うちのクラスにはそれ程上下関係みたいなのは、存在しないように見えるし、あまり冷静に分析しなくてもいいかもしれない。


「まあ中学の時もこんな感じか」


 自分の席について、軽く辺りを見渡す。俺に声をかけると言っても、挨拶してくれる程度で、何か談笑するわけでもない。もちろん中学の時からのクラスメイトもいるが、中学の時も誰かと特別に仲良くしていた訳でもなかった。千明ちあきくらいか。


 まあ、嫌われたりしていなければ別に問題なく高校生活は送れるだろうから、そんなに人間関係を気にしすぎるのも疲れるだけか。


「暑いなしかし…………」


 日が差し込む窓際の席はこの季節には辛いものだ。窓の外に広がる青空を、少し恨めしく睨みつける。あと数日で高校最初の夏休みを迎えようとしていた。





 学校が終わって家に帰ると、どうにも暇を持て余していた。ここ最近は球技大会の野球の為に素振りをしていたし、その前はテスト勉強もしていた。それがなくなって急に暇に感じる。このまま夏休みに入ったらどうすればいいのだろうか……。


「なにしてるんですか?」


 何をするわけでもなく家の前で立って缶ジュースを飲んでいたら、ちょうど帰って来た琴歌に声を掛けられた。


「何してるんだろうな」

「はぁ……」


 俺の言葉に琴歌もポカンと口を開ける。そりゃこんな暑い日に好き好んで外に出る者なんていないだろうに、目の前の男ときたら、汗をかきながらしゃがみ込んでジュースを飲んでいるのだ。


「せめて日陰に居たらどうなんです?」

「いや、もう中に戻るよ」

「えっ……」

「ん?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「いや暑いが」

「すぐに戻って来ま──」

「冗談だよ。そこの日陰にいるから」

「もう!」


 なにやら琴歌は急に慌てだして、俺はとりあえず車庫の影に隠れる。風がないわけではないので、幾分か涼しく感じた。缶ジュースを飲み干して、空を眺める。流れる雲をただぼんやりと眺めながら、空になった缶の縁を歯で咥えていた。


 時間にしてそれほど経っていないだろう。バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、玄関の網戸が勢いよく開けられる。言っていた通り"すぐに"琴歌は戻ってきた。


「おまたせしましっ──た!?」

「え?」


 制服から着替えることもせず、慌てて飛び出してきた琴歌は、俺の元に駆け寄って来ようとローファーを行儀悪く履きながら小走りしてきた。そのせいで琴歌は躓いてバランスを崩して倒れそうになった。


「あぶな!」


 咄嗟に飛び出して、勢いよく倒れ込む琴歌を胸で受け止める。


「運動神経悪いんだから変な走り方するな!」

「そ、それは関係ないじゃないですか! ちょっとバランスを崩しただけです!」


 お互いに怒鳴りあって、改めて目が合うと、そこで口篭ってしまう。


 琴歌の陶器のような肌に汗が伝う。額から流れる汗が頬を伝って、首筋に流れるのを目で追ってしまう。首筋を伝う汗を追って鎖骨の辺りに目がいったところで、慌てて目を上げる。


 再び琴歌と目が合う。困ったように眉を顰めて、少し潤んだ瞳が俺を見上げていた。少し顔が赤く見えるのは暑さのせいか、それとも転びそうになって焦ったせいか……。


「あ、ありがとう……ございます。支えてくれて……」

「ああ……怪我してないならよかった」


 そう言って琴歌は目を逸してしまう。しかし、目を逸らすだけで何故か離れようとしなかった。


 なんでだ…………。


 と、思ったら琴歌はゆっくりと上体を起こして離れる。もしかしたら俺が意識しすぎて、琴歌が離れるまでの時間が長く感じただけかもしれない。そう思うと、恥ずかしさが込み上げて来て、更に汗をかいた。


「ユキくん」

「ん?」

「これ、どうぞ」


 そう言って、琴歌は手に持ってた小さな手提げ袋の中からアイスを取り出した。これを持ってたからバランスの取り方がおかしかったのか。琴歌からアイスを受け取ると、今度は凍らせたスポーツドリンクも取り出した。


「これ溶けると思います?」

「まあ、無いよりはマシだろ。ありがとう」

「いいえ」


 琴歌は俺の隣に立つと、二人で並んでアイスを食べる。凍らせたスポーツドリンクは日向に置いておく。お互いに黙り込んで、ただ二人で並んで立っていた。


 少しずつ日が傾いてくる中、何故だか緊張してしまって声が出せずにいた。

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