閑話 香木原千明は苛つく

 バスケの試合は順調に進んでいた。俺は外野からそれを見て妙に胸の奥がモヤモヤとしていた。


「ナイスシュート依河よりかわくん!」

「いや、ナイスパス」


 コートの中では行人がまたもやスリーポイントを決めていた。ブランクなんて感じさせないような……むしろ、昔よりも動きが軽いように見える気がする。


 だからこそ、俺はモヤモヤ──いや、イライラしていた。行人ゆきひとの動きが悪くなっていれば、俺は綺麗さっぱり諦めることが出来たのに、今のあいつは変な力みがない。


 ……今からでも遅くはない。そう思って、もう一度行人をバスケ部に誘いたくなるような気持ちが湧いていた。


「未練か……」


 未練があるのは俺の方だ。行人が全力でプレーしていないことがわかって、それを認めて、今変わろうとしている。だから、もう一度……"やり直す"機会が欲しいと思っている。


 そんなことをぼんやりと考えながら、妙に雰囲気がいい試合を見ていた。きっとこんな遊びの試合だから力が抜けているんだろう。そうだ、あいつにとっては俺という存在は目障りなのではないだろ────


「未練。ですか?」

「んん!?」


 完全に自分の世界に入っていたところで、声を掛けらる。気がつけば、隣には姫榊ひさかき琴歌ことかが立っていた。


「……どうしたの? 姫榊さん」

「いえ、こちらの応援もしたいと思いまして」

「はぁー、優しいな」


 女子の方も試合をしているが、男子の方も同じクラスメイトだから応援してあげたいと言うことだろうか。……多分、本命は行人が気になるんだろうが。


 バスケの控えの選手、もといクラスメイトがこちらを見て姫榊に気づく。姫榊もそれに気づいて軽く会釈をする。


「姫榊さんは試合には出ないの?」

「ええ、私では足を引っ張ってしまうかもしれませんし、このまま行けば勝てそうなので今回は出番がないですね」

「自分で『出番がない』ときっぱりと言うか」


 まあどの種目でも数合わせの人がいる。そういう人達はあまり自分からは出場したがらないだろう。女子の方の試合を見る限り、大分余裕がありそうだ。男子の方もこのままなら問題なく勝ちそうに見える。それでも、姫榊はハラハラとした様子で女子と男子の試合を交互に見ている。


「そういえば姫榊さんさ」

「はい?」

「この間は俺が聞かれたけど、姫榊さんのは聞いてなかったなって」

「この間……」

「そ、姫榊さんは依河くんのことをどう思ってるのかって」

「そ、れは……」


 そんなことはわかりきってはいるが。本人は気づいていない、気づかないフリをしている可能性もあるので、とりあえず聞いてみる。別に答えが返ってこなくてもいい。ただ、少し揺さぶりたいだけだ。行人が意識を変えようとしているなら、姫榊もそれに気づいてくれるようにしてもらいたい。


 ……別に、こいつらがどうなろうが知ったことではないけれど、今日の行人を見てるとイライラしてくるので、半ば八つ当たりに近かった。別にこいつらが結ばれることを考えて……などという親切心とかではない。一切ない。


「私は……」

「前にも言った通り、俺からすれば依河くんは"戦友"みたいな存在だよ」

「私はユキくんとは幼馴染で──」

「まあ、それでもいいんだけどさ」


 少し被せるように言う。だが、その先は何も言わずに黙ってみせる。しばしの沈黙が流れる。それは俺と姫榊の間だけのもので、周りは試合の流れに合わせて盛り上がっていた。


「私は──」


 姫榊が口を開けたところで、女子の試合が動いた。


「琴歌ちゃん!」

「は、はい!? なんですか!」


 駒鯉こまごいがこちらに駆け寄ってきて姫榊を呼ぶ。


「ごめん。変わって貰っていいかな? もうすぐバレーが始まるらしくて」

「あっ! 大丈夫ですよ。すみません、傍にいなくて」

「ううん。大丈夫! 千明ちあきくんもごめんね」

「いやいや、俺が呼び止めちゃっただけだから」


 そう言って二人が女子の方のコートに戻る時、姫榊は困った顔で俺の方を見ていたが、俺は手をヒラヒラとさせて追い払うような素振りをしてみせる。


 まあ、このくらいでいいだろ。

 俺も男子の方のコートに目を向けると、こちらでもなにやら動きがあったようだ。


「メンバーチェンジで」


 そう言って相手のチームが控えの選手と入れ替わる。なるほどな。と、状況を確認して俺も行人に手を振って交代の意志を伝える。





 俺は別に試合に勝とうなんて考えていなかった。ただ、行人と試合に出たかった。あの時の……中学最後の試合の時の未練をなくす為に。


 だから、最後に行人にパスを渡した時、何も考えてなかった。何も見ていなかった。あの時の光景がフラッシュバックして、記憶をなぞるようにパスを出した。これが受け取れなかったら、それはそれで潔く諦められたんだ。それなのに……


「千明──!」


 投げてすぐに声が聞こえた時、俺は舌打ちをしそうになった。


 綺麗な放物線を描いたボールがリングに吸い込まれ、ゴールに入ると同時に、試合終了のブザーが鳴る。


「ナイスシュート」


 これでいい。そう自分に言い聞かせながら、俺は言いたかった一言を行人に告げる。あいつの努力を……努力による結果を、ずっと認めてやりたかった。

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