第23話 幼馴染と球技大会①
キィンと金属の音が空に響いた。澄み渡った青空に白球がどこまでも高く上がると、それは本当にどこまでも飛んでいくのではないかと、その場にいた全員がその白球の行き先を息を呑んで見送った。
空の彼方を飛んでゆくのかと思われた白球が、やがてゆっくりと落ちてきて、それが緑のネットを張って作られたフェンスの向こう側に落ちた時、一気に現実へと引き戻され、自然と歓声が湧き上がる。
「うわ! 入った!」
「すげー!」
「私ホームランとか生で初めて見た!」
敵味方問わず、お互いのベンチから賞賛の声が上がる中、ホームランを打った張本人──
「入っちまった」
「三振かホームランなのなんなんだお前……」
「はっはっは」
やはりスポーツとは身長なのか。と、ちょっと羨ましく思い目を細めてしまう。俺と同じく野球の経験はほとんどないはずだが、前の打席の三振と打って変わってあそこまで飛ばせるのは、やはり千明の運動センスは底知れない。
「まあ、ゆきんちゅも出来るだろ」
「無茶言うな」
「無茶と言うにはもったいないなぁ、その手は」
ニヤニヤとした顔で覗き込む千明から逃げるように、俺はバットを持った左手を背後に隠す。
「うるせぇな」
と、俺は適当にはぐらかしてバッターボックスに向かう。
「
「ん?」
「"全力"、な」
「…………ああ」
別れ際に千明にそんなことを言われて、俺は試しにバットを力強く握りしめると、ズキズキと手の平に少し痛みが走った。捲れた皮や潰れたマメが痛む。
ここ一週間ほど、家にあったバットで素振りをしていた。経験のない野球で、最低でも足を引っ張らないようにと……それはまるで、中学の時の部活と同じような気持ちで、俺はひたすらバットを振っていた。そのかいあってか、俺の前の打席はセンター前へのヒットと悪くない当たりだった。
「全力か……」
ぽつりと呟いた。なんだかんだバットに当てることを考えながら振っていた俺とは違い、千明は全力でバットを振っていた。きっと全力で動けるのは野球くらいなんだろう。他の球技は人と人との接触が多くなる分、怪我はしたくないだろうし。
──お前は全力を出すのが怖いんだろ。
──全力を出して負けたら、そこが自分の限界だって理解ってしまうから。
千明に言われたことを思い出す。それは紛れもなく事実で俺の見ないようにしていたことでもある。
バットを強く握る。ベンチには出場しない生徒もいるが、そこに
向かい合ったピッチャーが構える。元経験者なのか綺麗なフォームで投げられたボールを俺は、空振り覚悟で豪快に振り切る。
キィンと金属の音が空に響くと、また一つ、澄み渡った七月の青空に高く飛んでいく。高校最初の球技大会が幕を開けた。
「野球どうだったー?」
次のバスケの為に体育館に行くと、そこで
「残念ながら負けたよ」
「あちゃー」
結局試合の方は一点差で負けた。とはいえ、所詮エンジョイ大会だ。所謂お通夜ムードのようにはならず、みんな笑顔だった。
「あっ、でも千明くんはホームラン打ったんでしょ! 見たかったなー」
それを聞いて、千明が後ろから顔を出す。身長差を考えると、別に俺の後ろには隠れきっていなかったが。
「駒鯉さん。よく知ってるね」
「先に来た人達から聞いたんだよね。野球も上手なんてすごいな」
いえーい。と、駒鯉が手を挙げると千明がその意図を組んで手を合わせる。ハイタッチなのだが、千明と駒鯉の身長差がありすぎて、遊園地のマスコットから風船貰う子供ってこんな感じだな、とか思ってしまった。
「ま、
こいつ人前だと俺のこと"依河くん"って呼ぶよな。
「普通にファールだったし、その後三振したけどな」
俺も全力で振ってみたものの、高く飛ばした打球は逸れてファールになり、その後は普通に三振した。
「でもれんしゅ──ユキくんなりに頑張ったんじゃないですか? 私達も応援に行きたかったですね」
琴歌が少し楽しそうにそんなことを言う。琴歌は俺が家で素振りをしているのを知っているが、俺がその努力を言わないから、琴歌も黙ってくれている。
「まあ過ぎたことはいいだろ。それで女子の試合はまだなのか?」
マメの潰れた左手を体操着のポケットに入れながら、話題をそらすことにする。
「うん、集まりが遅いクラスがあったから少し遅れてるんだ」
「そうなのか」
「でも、そろそろ私達の番が来ると思いますね」
ちょうどその時、試合終了を告げるブザーが鳴った。
「終わったみたいですね」
「ほんとだ。じゃあいこっか。行人くん、千明くん、またねー」
駒鯉は手を振って、琴歌は軽く会釈をして、深澄さんは軽く目配せして、一緒に次の試合の準備をしに行った。
「しっかし、このバスケも負けたら俺は暇になるなー」
隣に居る千明は男子の方の試合を見ながらそう言う。女子の方が少し遅れていると言っていたから。本来同時進行するはずの男子と女子の試合が少しズレていた。
「いや、お前は試合出ないだろ」
「なんでだ」
「なんでって……この時期に怪我したくないから部活やってる人達は殆ど参加しないって」
「まあそういう人が多いよなって話」
「は?」
千明はヘラヘラした顔で言うが、まさか本気で試合に出るつもりじゃないだろうな。本職が出場してワンサイドゲームになったらなかなか冷めた空気になるとおもうが。
「気が向いたら誰かと交代するつもりだ」
「……そうか」
どこまで本気かはわからないが、もしその気なら、中学の最後の試合ぶりに千明と一緒に試合に出ることになる。こんなものを試合と言っていいのかわからないが……。
「ま、とりあえず他の人達と合流するべ」
そう言って千明は他の男子が居るところに向かう。俺はその背中を見て何故だが少し緊張感を覚えた。
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