閑話 姫榊琴歌は要求する

「本当にすみませんでした」


 帰宅してすぐにユキくんの部屋に向かうと、ユキくんは両手と頭を床につけて謝罪してきた。土下座……ではあるんだけど、腰が浮いてしまって少々不格好に見える。慣れないことをしているだろうからしょうがないと思うけど。


「別にそんなに頭を下げなくていいですよ」

「いや、約束した手前な……」

「こうなることは大体わかってましたし」

「うっ……」


 テーブルの上には採点済みの解答用紙が綺麗に並べられていて、点数を見る限りは悪い点数ではなさそう……むしろ十分高得点だと思うし、偏ることなく点数を均等に取れているのが凄いと思う。


「正直誇っていいと思いますけどね。これだけ成績が上がってるなら」


 前回の中間テストの成績は聞いていたから、それに比べたらかなり上がっている。


「でも約束した点数には届いていないのがな」

「うーん。でも、個人的にはこういう時は謝罪よりも感謝の言葉を頂いた方が嬉しいと思いますよ?」

「いや、それはそうだ。ここまで点数が伸びたのは琴歌ことかのおかげだ。だから──」


 ユキくんはテーブルの上の解答用紙を回収すると、傍に置いてあったレジ袋を持ち上げて、それをテーブルの上に置いた。そのレジ袋の中に手を入れると、中からプリンを一つ取り出した。


「こんなものしかないが……」

「あ、これコンビニで売られてるものですよね」


 私達の住む町にコンビニはあっても、家からだとかなり距離があり、自転車に乗れない私はまず行くことがない。通学路とも全く違う道にあるので、バスも近くを寄ることがなく、寄り道も出来ない。


 つまりこのコンビニ限定プリンは私にとってかなりのレア物だった。プラスチックの小さなスプーンを添えて、ユキくんはテーブルの上に置いて、私の方に近づけた。


「いいんですか?」

「その為に買ったからな。勉強助かったよ、ありがとう」

「いえいえ、ユキくんもよく頑張りましたね」

「それでも力及ばずだよ」


 そうは言っても嬉しいのを隠しきれていないみたいで、少し照れて頭を掻きながら、視線は明後日の方向に…………いえ? 今日はなんだか目を合わせてくれませんね?


「プリン。早めに食べておいたほうがいいぞ」


 これも私の気を逸らす為の言葉……。


「いえ、後で食べます」

「そ、そうか?」


 ユキくん、なんだか今日は落ち着きのない様子ですね。一応罰ゲー厶のようなものは用意していたとはいえ、ここまで警戒することになるでしょうか。ただ、そうだとしたら、そういう反応はちょっと楽しくなってきますね。


「私が怖いんですか?」


 私は顔がニヤけるのを堪えようともせずに、少し誂うように聞いてみる。

 

「いや、そういうわけではないんだ」


 そういうわけではないらしい。


「じゃあ、私に何をされてもいい。ということでしょうか?」

「そ、れは…………まあ」


 え、いいんですか? 私に何かされることについては抵抗がないのなら、一体何をそんなに警戒しているんでしょうか。


「じゃあ、私の言うことを一つ聞いてもらいますよ」

「ああ」


 ユキくんは覚悟を決めたかのように目を閉じてみせる。相変わらず目は合わせてくれない。何かを隠しているようにも見える。


「…………えぇと」


 私は少し戸惑ってしまう。ユキくんは罰を受け入れる覚悟をしてるけど、実際悪いことはしていない訳だし、テストの成績は良くなっているんだから。私も"言うことをなんでも一つ聞く"というのは少し煽っただけで本気で言ってた訳ではないつもりでしたけど。


 というか、プリンを貰ったからもうこれ以上要求するのもきがひけるんですけど!


「じゃあ……私のことを、褒めてくれます?」

「え?」


 なるべくユキくんに負担がないようなことを要求したつもりだけど、これはこれで少し恥ずかしいかも……私が。


「褒めるって……頭を撫でる的な?」

「え?」


 いきなりそんなことします!?

 別にそんなつもりはなくて、言葉で褒めてくれるだけでよかったんですけど。それは……でも、ちょっと……興味がありますが……。


「男の人って、すぐ女の子の頭を撫でようとしますよね?」


 はい、どうぞ。と素直に言えなくてやんわりと否定する──だけならまだしも、ちょっとキツイ言い方になって後悔した。


 だって恥ずかしかったから! ユキくんに撫でられてる自分を想像したら恥ずかしかったから!


「わ、悪い。じゃあやめとくか……」


 と、ユキくんは申し訳なさそうに言う。さっきまでユキくんが目を合わせてくれなかったけど、今は私もユキくんの顔を見ていられなかった。


 なんだか気まずい空気が流れて、部屋の中が静かな時間を流れた。それが嫌で……少しヤケクソ気味にユキくんの方に近づいて座る。


「こ、琴歌?」

「別に……私は嫌とは言ってないん……ですケド?」

「え?」


 間が空いてしまったから、ユキくんは一体何の話かという反応をしてみせた。でも、私も同じことは言いたくなかったので、小さく「ん」と言って頭をユキくんの肩に乗せた。

 正直、これだけでもとても恥ずかしい…………。


「あ、ああ……そうだな」


 ユキくんは察したのか、私の頭に手を乗せる。


「これでいいのか?」


 ユキくんのその問いには答えずに、ただ頭に乗った手の感触に私はビクビクとしていた。その後も私が黙っていたからか、ユキくんは頭を撫で続けていてくれた。


 いっそ、この時間が永遠に続いてしまえば……そう思ってしまった。

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