第22話 幼馴染とテスト②

 期末テストが終わると、ピリピリとしていた空気は多少和やかになるが、テスト期間の更に翌週になると、また少し重苦しい空気が教室内に漂っていた。しかし、テスト期間中はほとんどの人が浮かない顔をしていたが、今は嘆く声の中にも安堵の声がチラホラと聞こえてくる。


「……まずいな」


 俺は返却された数学の解答用紙を見て、思わず声を漏らした。答用紙の右上には"82"と書かれていて、それは俺の中では十分高得点だし、なんなら最高得点ではあるものの、琴歌ことかに約束した点数には届いていない。


 その後も、それぞれの授業でテストは返却されたが、どれも約束の点数には届いていなかった。確かにどれも自己ベストであり、学年上位に食い込めるだけの点数を満遍なく取れてはいる。これは間違いなく誇らしいことだが……。


「カンニングでもしたか?」

「してねぇよ」


 昼休みのベランダで、俺のテストの結果を聞いた千明ちあきにカンニングを疑われる。まあ今までに比べたら平均点が三十点近く上がっているから仕方がないと思う。


「今回は勉強頑張ったから」

「だとしたら、もっと喜んでいいと思うんだが」

「事情があってな」

「あー、幼馴染か?」

「え、は? なんでわかったし」


 千明には俺と琴歌の約束は言ってない。それなのに何故バレているのか。


「そりゃゆきんちゅがテストの成績でショック受けるなんて今までなかったからにゃあ。ましてやそんな点数で」

「まあ、それはそうだけど……」

「だから負けたら罰ゲームみたいな賭けでもしてたんじゃないかー?」

「……そこまでわかるのかよ」


 もはや超能力者エスパーの領域で若干怖くなる。


行人ゆきひとは何処までも勝ちに飢えない人間だからな」

「そんなことはないと思うが」

「自覚ないのかよ」

「流石に負ける為に頑張ったことは一度もないぞ」


 中学の時の部活もそうだが、確かに勝っても負けても楽しければいいと思ってはいる。それでも最初から負けることは考えてはいない。そう思って千明に反論したのだが……


「いやいや、あくまで結果的にそうなってる……っていうのはわかってるんだよ。負けた時の保険っていうかさ」

「保険?」


 千明が回りくどい言い方をするものだから、俺は少し睨みつけるような目で、千明のことを見てしまう。それでも千明は諭すように目を細めて俺のことを見下ろしている。


「お前は全力を出すのが怖いんだろ」


 言われて、心臓が一つ大きく鳴った。


「全力を出して負けたら、そこが自分の限界だって理解わかってしまうから」

「そんなこと……」

「それと同じように自分の意見を他人にぶつけることはしないだろ。お前、思っても口に出さないことが多いはずだ。"自分"を出すのを躊躇ってる」

「…………お前は本当に超能力者なのか?」


 千明の言っていることは概ね当たっている。自分にそういう所があるのは知っていた。それでも見ないふりを──決して悪いことじゃないと思っていたんだ。

 

 小学校の時はなんでも出来るような気がして、中学で部活を始めて自分が凡人ということを知った時、俺はこれ以上惨めな思いをしたくなかったから、力を抑えるようにした。"俺が負けたのは全力を出さなかったから"と言い訳するように……。いつしかそれは自然なことだと考えるようになっていた。


「いつから……」

「最近な。お前には未練や欲がなさすぎる」

「未練はそうだが……欲?」

「お前の全力を出さない考え方なら、"あの時全力を出していたら──"みたいな後悔があってもおかしくないんだよ。それがないのは、最初からそういう可能性の未来も見据えてないんだ」

「それは……」


 千明に言われるがままになるが、俺には反論できなかった。何より、今は千明に俺の本質を見透かされたのが怖かった。誰よりも真面目に練習して、誰よりも努力していた千明の傍にいた俺が、全力を出さない人間だということがバレたんだ。


 これは千明を裏切っていた。と言っても過言ではない。


「軽蔑しただろ」

「は?」


 恐る恐る千明に聞いてみるが、千明は素っ頓狂な顔をして見せる。


「…………あー、お前が全力じゃなかったことにか? 別にお前が全力出した所で勝てた試合は増えなかっただろ。お前は別に上手くなかったし」

「うっ……」


 はっきり言われて、それはそれで傷ついてしまう。いや、そう言われても気にしないように、全力を出さなかったのだから、見透かされた今はその言い訳も貫通してくる。


「それに練習はちゃんとしてただろ? あくまで試合なんかの勝負事の時だけだ」

「そ、そうか」


 千明は呆れたように手を上げて言い放つ。別に千明自身は気にしていないようだ。


「俺はな心配なんだよ行人」

「心配?」

「ああ」


 千明は一つ呼吸をして、俺の目を見る。


「もう単刀直入に聞くが、お前は姫榊ひさかきさんのことどう思ってるんだ?」

「どうって……幼馴染だ──」

「今の話の流れでそれが通るとでも思ってんのかーい」

「そ、れは………………」


 言葉に詰まる。それでも、もはやここまで来たら誤魔化せない。千明にも……自分にも……。


「────わけないだろ……」

「ん?」

「好きにならないわけないだろっ! あんなことされてっ!」


 ご飯を作ってもらったり、朝起こしてもらったり、誕生日も祝ってもらったりした。そんな一緒にいて楽しいと思える時間が増えて……。


 半ばヤケクソになりながら、しゃがみ込んで頭を抱えて叫んだ。琴歌達はいつも昼休みは中庭にいるから聞こえる心配はないとは言え、それでも少し大きかったと思う。それぐらい心の底から出た言葉だった。


「いや、何されたんだよ……」


 流石に千明もそこまでわからないから、少し困惑している。


 本当にこれからなにされるんだろう。自分の気持ちに正直なった今、落ち着いて琴歌と向き合える気がしない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る