閑話 香木原千明は探る

 体育の授業中、ミニゲームで自分の出番を終えた俺は、体育館の端の方で休憩していた。とはいえ、別に微塵も疲れていないので少し退屈を持て余していた。今日は行人ゆきひととは違うチームに分けられているのも、退屈な理由の一つだ。


 と、そこへ一人の女子がやってきた。体育館の地窓から入り込む風を浴びに、今しがたミニゲームを終えたばかりの少女──姫榊ひさかき琴歌ことかだ。彼女もいつも一緒にいる深澄みすみ菜由なゆ駒鯉こまごい陽愛ひまなとは別のチームらしい。


「お疲れ様です」


 姫榊は俺に気づくと、そう言って軽く頭を下げる。女子側と男子側でコートは分けられて、体育館の中央にはネットが引かれているが、俺と姫榊はちょうど中央の位置にある窓の所で、その窓の両端に別れる形で休憩していた。


「お疲れ様。姫榊さん」


 挨拶を返すと、彼女は少し微笑んでみせる。なるほど、姫榊が学校一と言われるほどの美少女というのがなんとなくわかってくる。でも俺は正直な話をすると好みのタイプではないので、変に盛り上がることもないんだが。


香木原かぎはらくんは全然疲れてなさそうですね」

「え? ああ、まあね」


 姫榊とは今までも会話をしたことはなかったので、まさか会話を続けてくるとは思わなくて少し動揺した。そこで、姫榊の視線が一瞬だけ俺の後ろにいったのに気づいた。


依河よりかわくんなら試合中だよ」

「そうでしたか」


 姫榊はコートの中に目を移す。こいつら本当につきあってないのか? いや、俺は行人側の言い分しか聞いてないだけだから、姫榊の方はどう思ってるかはわからないけど。


「そう言えば、"依河くん"って呼ぶんですね」

「え?」

「いえ、なんでもありません」


 姫榊は顎に手を当てると小さい声で「じゃああれは二人っきりの時の呼び方……?」と、俺の耳に届くか届かないかくらいの声で呟いた。恐らくは"ゆきんちゅ"呼びのことだろう。でも、あれは単に身内ノリみたいなものだから本人のいないところでやらないだけだ。

 が、何か勘違いしているように思えるのは気のせいか?


「ユキくんとは中学校の頃から仲良くなったんですよね?」

「まあ、そうだね。仲が良かったと言えば良かったかな。と言っても今とは違って部活の仲間──戦友みたいなところが、中学の時はあったかな」

「そうですか」


 俺の話を聞いて、またしても「戦友……」と小さく呟いた。恐らく無意識だし、声に出てるとも気づいてないんだろう。表情が変わることなく呟いていた。


 俺もわざわざ"戦友"と言い換えた。なにやら姫榊から不穏な気配を感じて、少し気になりつつ、顔に出さないように彼女の様子を伺う。


「香木原くん、一つ聞いていいですか?」

「なに?」

「香木原くんは……香木原くんはユキくんのこと、どう思ってるんですか?」


 まさかの質問に困惑したが、至って冷静に対応する。姫榊は真面目な顔をしているが、その質問は男の俺にするのはおかしいことだというのは、気づいていないのか?


「いい奴だとは思ってるよ。でも、なんというか欠点はあるよな」

「欠点?」


 ピクリと、姫榊の目尻が動いたのを見逃さなかった。姫榊は表情そのものは崩さなかったが、少し気に障ったのだろう。行人の話になると反応が露骨に出るな……。いや、何か反応すると思って"欠点"という言葉を使ったが。


「一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「なんですか」

「依河くんの小学校の頃ってどんなだったの?」

「一応、香木原くんも一緒だったと思いますが」

「昔はよく知らなかったからさ。姫榊さんの方が詳しいと思うし」

「……なるほど」


 姫榊は少し怪訝そうな顔で見つめてくる。そんな顔は初めて見た。


「ユキくんは小学校の時も優しくて頼りになる人でしたよ。困ってる人を助けることもですし」

「へぇ」 


 小学校の時"も"ね。


「ただ、昔は結構無茶なことをしたり、何事にも全力な感じが伝わりましたが、見ていてハラハラしましたね。最近は大人になったからかそういうのなくなって、でも頼りになるという点では昔よりも──」


 別に最近の話は聞いてないが。ただ、小学校の時は"無茶なこともして、何事にも全力"……か。それは俺の知っている──というより、最近の俺が感じる行人とは程遠いように思える。


「なるほどね。よくわかった」

「本当ですか? もっと具体的になにがあったか教えましょうか? 例えば──」

「い、いや……大丈夫だ」


 …………この女、ちょっと怖いな。


「まあ、依河くんについてはよくわかったよ」

「私は昔から知ってますからね」

「中学の時は俺とずっといたけどね」

「そうですね」


 試しにそんなことを言ってみるが、姫榊は全く動じていないように見え──……いや、よく見たら拳を握って体育着の裾を掴んでら……。


 そこでミニゲームの終了を告げるブザーが聞こえて、俺は交代する為にコートの中に向かう。


「香木原くん」

「ん?」

「今度いつでもいいのでさっき言っていたユキくんの"欠点"について教えて下さいね」


 姫榊はニコニコと一見ご機嫌な笑顔を向けてくるが、息継ぎもせずに言い切ったことも含めて、やはり俺は恐怖を感じてしまう。


「どうした千明?」


 入れ替わるように、行人がコートから出てきてすれ違うと、俺はその顔を見てため息を吐いた。


「行人、お前大変だな」

「え、なにが?」


 行人はなんのことだと、頭に疑問符を浮かべる。まあ、どちらかというと、本当に大変なのは姫榊の方かもしれないが…………。

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