第20話 幼馴染と雨②
「あれ?」
放課後の生徒玄関で、俺は顎に手を当てて首を傾げた。今日は朝から雨が降っていたので、傘を差して歩いて登校して来たのだが、傘立てにはいくら探しても俺の傘が見当たらない。
「誰か間違えて持っていったのか?」
ありきたりな黒い傘だった為、その可能性は大いにありえる。傘立てにあるもう一本の黒い傘を手に持ってみると、見た目こそ似ているが、持ち手の部分などには違和感を覚えるので、これが俺のではないことがはっきりわかった。
「仕方ないな」
とりあえず外に出て雨の強さを見てみる。朝から降り続いている雨は、豪雨と呼べる程には強く降っていないが、粒の大きさから見るに、傘を差さずに歩いて変えればかなり濡れてしまうだろう。家につく頃にはそれはもう酷いことになりそうだ。
だが、俺は物心ついてからは一度も病気や風邪にかかったことがない。これくらいの雨ならば濡れたところでなんのその、走って帰ればなんとかなるだろう。そう思って、玄関の外の入口脇で準備体操をし始めた時だった。
「何してるんですか……?」
背後から聴き慣れた声がして、振り返ると
「まさかこの雨の中を走って帰ろうとしています? 距離だってありますからね? 危ないですよ」
「まあ大丈夫だろ」
靴だって、今日は歩いてくるためにローファーではなく、動きやすいランニングシューズで来た。
「というか、傘はどうしたんですか? 朝は持ってましたよね」
「あー、多分誰かが持っていったと思う」
「それは……ツイてないですね」
雨は朝から降っていたのだから、傘がなくて持っていくような、悪意のある行動ではないだろう。しかし、俺もここで他人の傘を持っていけば負の連鎖が始まってしまう。
「じゃあ。どうぞ」
「ん?」
琴歌は傘を差すと、それを俺にかざしてくる。
「は? いや、いくら自分はバスで帰るからって、バス停からは歩かないといけないだろ。借りれねぇよ」
「勘違いしないで下さい。そこのバス停までですよ」
その程度の距離で傘を差したところで、気休めにもならないと思うが……。まあ親切心だと思って受け入れることにするが、どうやら琴歌が言いたいのは違うらしい。
「で、バス停からは一人で使って下さい」
「……どういうことだ?」
ここからじゃなくてバス停から走って帰れ。ということだと思ったが、どうやら違うらしい。
「それで私は帰ったところのバス停でユキくんが来るまで待ってますから、そこから二人で使いましょう」
「ああ、そういう……。いや、面倒だろ。それに向こうのバス停にも屋根はあるけど、こんな外で待ってたら──」
「そういう心配するなら早く歩けばいいじゃないですか、一人なら大丈夫でしょう?」
"一人なら"の部分が強調されて、語気が少し強くてビクリとしてしまう。今日の朝に一緒に登校するのを断ったのをまだ気にしてるらしい。
「わかった。それでいこう」
最近わかってきたことだが、こういうときは提案を受け入れると、機嫌が良くなるので、変に断るのはやめておく、そもそもこちらとしても濡れる事がなくなるので断る理由はないのだ。
「じゃあ早く入って貰えます?」
「ん、ああ……」
そう、断る理由はないのだが、これは俗に言う相合い傘というもので、放課後の学校という、人通りの多いところでするには中々に抵抗がある。
「ほら、バス来ちゃいますから」
「わかってるよ」
琴歌が持ってた傘の下に入る。傘は別に小さい訳ではないが、流石に二人で使うには窮屈に感じる。
「傘、俺が持つよ」
「そうですか? ありがとうございます」
「いや、こっちこそありがとう。助かるよ」
「ふふ、いいえ」
俺が改めて礼を言うと琴歌は笑ってみせる。いつも以上に距離が近いのもあるが、妙に落ち着かなくてその顔を見ていられなかった。
別に相合い傘なんて、変に気にするだけ馬鹿らしいのではないか、ただ傘を二人で使うというだけなのに。そう思っていたが、いざやってみると、距離を取ることが出来ず、強制的に二人の距離を縮めるしかないということを思い知らされる。この状況では、少し気を抜けば肩が琴歌に触れてしまう。
「ユキくん。そっちの肩、濡れてませんか?」
「ああ、問題な──」
「嘘ですよね?」
「…………」
琴歌に触れたので距離を取ったら、すぐに指摘をされた。さり気なく距離を取ったつもりだったが、なんでわかるんだ……。琴歌の方は相合い傘を全く気にしていない様子で、俺だけが意識してしまって恥ずかしくなってきた。
「そういえば……ユキくん」
「ん、どうした?」
「私達、子供の時も一緒に歩くこと多かったですけど……」
「ああ」
「相合い傘は……初めて、ですね」
…………確かに。言われて気づいたが、子供の頃にもした記憶がない。子供の時なら、別に恥ずかしがることもなくやってそうだが……単純にそういう機会がなかったな。
「ユキくん」
「ん?」
琴歌は困ったようにはにかんで、俺の顔を見て弱々しく呟いた。
「なんだか……ちょっと恥ずかしいですね」
その一言で、琴歌も意識してしまっていることに気付かされる。
「そ、そうだな……」
反射的に肯定してしまい。お互いがお互いに変に意識していることを認めてしまう。校舎からバス停までの距離はそんなに遠くないはずだが、今日はやけに遠くに感じた。
心臓を音がやけにうるさくて、傘を叩く雨の音でかき消されていることを祈っていた。
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